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第305話 二人でマッサージ

 時雨は黙々と弁当を食べ始めると、先程のミュースとのやり取りについて反省をしていた。


「時雨らしいと言うか、誤解した私も早とちりだったわね」


「面目ありません」


 凛も弁当に手を付けながら、自身に焦りがあったのを自覚している。

 結局、誤解だったことが判明して安心しているのだが、時雨の性格からしてそんな事態に陥る事はないと凛は良く知っていた筈だ。


「凛さんにも食後にマッサージして差し上げますよ。こう見えても、私マッサージは得意なので」


「いえ、大丈夫です。逆に気を遣わせて申し訳ありません」


「そうですか……」


 ミュースも反省の色を見せて凛にマッサージを提供するが、断られてしょんぼりする。

 我関せずのスタイルを貫くキャスティルは用意された喫煙室で一服に向かう。


(空気が重い……)


 アヘ顔とまではいかないが、気を許して顔か緩んでいたのは確かだ。

 それを凛に見られてしまったのは痛恨の極み。

 きっと幻滅しているに違いない。


「ちょっと、外の空気吸って来ます」


 時雨は食べ終わった弁当を片付けると、そのまま外へ出る。

 クーラーの涼しい部屋から蝉の鳴き声と蒸し暑い炎天下の外とは雲泥の差だ。

 近くに木々が生い茂っている日陰のベンチを見つけると、時雨はとりあえずそこに座る。

 日陰のおかげで多少は暑さも和らいでいる。

 時雨は空を見上げると、雲一つない青空に心を委ねながら日々の生活を思い返す。

 最初の頃は女子として過ごした時間は戸惑いと不安が占めていたが、今はもう慣れたものだ。

 いや、他人の着替えやお風呂は駄目だ。

 まさか、時雨達の異世界転生が女神による手違いとは驚きの真実であったが、そのおかげで今がある。


(にぎやかだなぁ……)


 当たり前のように過ごしているが、前世では到底考えられない夢のような出来事だ。


「こんなところにいたのね。隣、いいかしら?」


 声に気付いて振り向くと、そこには凛が立っていた。


「ええ……どうぞ」


 時雨は凛を直視できずに頷いて答えると、凛はお構いなく時雨の隣に座る。

 しばらく沈黙が続くと、凛は時雨の肩を掴んで見せた。


「私も時雨にマッサージしてあげるわよ。私にもあんな顔を見せて欲しいわ」


 慣れない手付きで時雨の肩を揉み解そうとすると、気持ち良いと言うより痛みが生じる。


「凛先輩、そこをもう少しずらして……」


 時雨は注文をつけながら、凛にマッサージの手解きをする。


「ここを……こうね!」


「うっ……そこはもう少し丁寧にお願いします」


 とてもではないが、気が緩むような顔どころではない。

 文武両道、才色兼備のお嬢様である凛も完璧ではないと言う事だ。

 見兼ねた時雨は交代して、今度は時雨が凛の肩を掴んでマッサージを始める。

 ミュースの見様見真似で実践して見ると、凛は安堵の表情を浮かべる。


「なかなか筋がいいわ。時雨、将来はマッサージ師になれるわよ」


「そんな大げさですよ。ここが少し凝っているようですね」


 何となくだがコツを掴んだ時雨は凛の肩を揉み解していく。


「気持ちいいわぁ。このまま天国の階段を上って行きそうな勢いだわ」


 凛が満足そうに言うのだから、本当に気持ちいいのだろう。

 時雨は調子に乗って、凛をさらに喜ばせようとマッサージを続けていると、次の休憩組であるシェーナと加奈が揃って歩いて来た。


「二人共……暑さにやられちゃったのかな?」


 加奈は少し引いたように時雨と凛を目にすると、快感を得た凛とそれを楽しそうにしている時雨が真夏の暑さにやられてしまったのだと勘違いしてしまった。

 シェーナも何も言わずその場を察して、二人に治療を施そうと魔法を唱え始めようとしていたのだった。

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