第304話 二人っきりの昼食
昼過ぎになると、ようやく時雨達も順番で昼休みにありつけた。
時雨は休憩場所として裏方の事務所に移動すると、中はクーラーの冷たい風で涼しい環境になっていた。
(生き返るなぁ……)
テーブルに門倉が用意した昼食用のお弁当とお茶が人数分置いてあり、時雨はパイプ椅子に座るなりお茶を一口飲んで喉を潤す。
少々遅れて調理班からミュースも休憩に入り、解放感に浸る。
「ここは涼しくて天国ですねぇ」
「ミュースさん、お疲れさまです。こちらにお弁当がありますよ」
時雨は席を立ち、ミュースのために席を用意する。
前世の騎士時代にはお姫様であった凛のために椅子を引いてエスコートする事も珍しくはなかった。
昔の慣習が染み付いてミュースを席に座らせると、ミュースは感謝の言葉を述べる。
「ありがとうございます。そんな気を遣って頂かなくても大丈夫ですよ」
にこやかで笑顔が眩しいミュースを見ていると、疲れも吹き飛んでしまいそうだ。
女神様とは本来、こう在るべきなのだと時雨はしみじみ思う。
実際は煙草で一服する女神様もいれば、悪戯好きな女神様もいる。
つい最近ではメス豚呼ばわりする女神様も拝見し、現実は厳しいと言わざるを得ない。
「私の顔に何か付いていますか?」
「ああ……いえ、別に何もないです」
思い耽る時雨をミュースは不思議そうに問い掛けると、時雨は慌てて視線を逸らしてしまう。
こういう時に「貴女に見惚れていました」とキザな台詞でも言えたらいいのだが、残念ながら時雨の性格上無理なのは承知している。
時雨は無心になって弁当の蓋を開けると、ミュースが冷えたお茶のペットボトルを時雨の頬に当てて見せる。
「ひゃっ!?」
突然の事で不甲斐なく、時雨は小さな悲鳴を上げてしまった。
そんな時雨の反応をミュースは微笑ましい様子で眺める。
「炎天下だったので熱中症の心配もしていましたが、どうやら大丈夫そうですね」
ミュースは時雨を熱中症の心配をしてくれたが、実際はミュースの色香に体温が上昇しそうな勢いだ。
時雨はもう一度お茶を飲んで喉を潤し、気持ちを落ち着かせる。
「ふふっ、時雨さんの可愛らしい声が聞けてご飯が進みそうです」
ミュースも弁当の蓋を開けて、時雨をからかいながらおかずを口にする。
加奈やミールがやりそうな子供の悪戯をミュースがやると、何故だか大人っぽく感じてしまう。
「そんなお戯れはミールさんだけでお腹一杯ですよ」
「あらあら、機嫌を直して下さいな」
時雨もご飯を掻き込みながら頬を膨らませると、ミュースは時雨の肩を揉み解す。
それがあまりにも気持ち良すぎて、次第に全身から力が抜けて骨抜き状態になってしまう。
(これは極楽だ……)
すぐそこに天国の階段があるような感覚に陥り、時雨は完全にその身を委ねてしまう。
遅れて凛とキャスティルも休憩に入り、裏方の事務所から二人の声が漏れて度肝を抜いてしまう。
「ミュースさんのテクニックは本当に最高ですよ」
「それでしたら、もっと時雨さんを気持ち良くして差し上げますよ」
凛は聞き耳を立てて二人の会話を断片的に聞き取ると、平常心ではいられない。
キャスティルはとくに何も言わず、無造作に事務所の扉を開けて中を確認する。
「お前等、語弊のあるような声が丸聞こえだったぞ」
ミュースは突然の来訪者に驚いて時雨の肩から手を放すと、何事もなかったかのようにキャスティルは席に着いて弁当を食べ始める。




