第302話 サキュバスじゃなくてダークエルフ
気の緩みと言えばそれまでだが、この時ばかりはおそらく人生で一番焦った瞬間だと加奈は自覚している。
何か言い訳をしないと、ますます怪しまれて正体がバレてしまう恐れがある。
「私は……そう、加奈ノ遠イ親戚ノお姉さんネ」
咄嗟に思い付いたのは自身を遠い親戚の外国人と言う設定だ。
以前も時雨達の前でやり遂げた設定だったので、もうこれしか活路がないと加奈は半ばやけくそで演じる。
「あっ! ほら、他のお客さんが注文で呼んでいるから仕事に戻るね。理恵達も注文が決まったら教えてね」
傍にいた香が助け舟を出すと、加奈を理恵から離して懸命にフォローする。
「ああ……うん、そうだね。引き止めて悪かったよ」
呆気に取られた理恵は香と加奈を見送ると、どうにかこの場はやり過ごせた。
しばらくして理恵が料理の注文をすると、間が悪いと言うか運が悪いのか手が空いていたのは加奈であった。
加奈は仕方なく接客に応じると、絶対にボロを出さないと心に誓いながら注文を伺う。
「ご注文ハ決まったネ?」
「キツネうどんとタヌキうどんに飲み物はウーロン茶二つお願いします」
「キツネ、タヌキ、ウーロン茶二つネ」
加奈は注文を復唱すると、そそくさと退散しようとする。
そして最悪なタイミングで裏方の事務所から帰還したキャスティルは事情を知らない加奈の接客態度を見て怒りを露にしてしまう。
「おい! 客に対してそのぶざけた喋り方は何だ。真面目にやる気がないなら帰れ」
加奈に詰め寄るキャスティルは加奈に注意を促すが、ここで演技を止めてしまったら全て水の泡だ。
「嘘、キャスティル先生もここで働いていたんですか!」
理恵は驚いて声を上げると、キャスティルもここで理恵の存在にやっと気付いた。
キャスティルは加奈と理恵の顔を相互に確認すると、大体の事情は理解できた。
「ここは私の古い知り合いが経営している店だから手伝いをしているだけだ。それより、学校の宿題はちゃんとやっているのか?」
「それなりに……やってます」
「その様子だと芳しくないな。夏休みをどう過ごそうと勝手だが、夏休み明けはテストを実施するから成績次第では補習だからな」
キャスティルは学校の先生らしく振る舞い、さすがの理恵もたじたじだ。
これには加奈にも響いたようで、厨房へ引きずられながら驚きを隠せないでいる。
「補習ってマジですか!」
「夏休みの宿題をこなしていれば問題ない内容だ。それより、お前はサキュバスの姿でいるのを少しは控えろ! これ以上の面倒事は御免だからな」
「いや、私サキュバスじゃなくて……」
「あっ? 口答えする暇があったら、手足を動かして働け!」
サキュバスじゃなくてダークエルフだと訂正しようとしたが、怒りに満ちた女神にそんな隙はなかった。
「加奈の親戚って言うだけあって、やっぱりノリと雰囲気は似ているなぁ」
理恵は遠目でダークエルフ姿の加奈をじっと見つめながら、どうにか誤魔化す事はできたようだった。




