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第300話 英雄気分

 初見の感想はどういう事だろうと疑問が湧いて来るのみだった。

 太陽をモチーフにした着ぐるみを着込んだスノーが眼前にあったからだ。

 本来なら、ミールの代理で時雨達と同じく水着の上から支給されたTシャツで仕事をしてもらう筈だったが、致命的な事が判明したからだ。


「おい、私だけ何でこんな格好なんだ?」 


「スノー様には……店の前で客寄せをお願いします! これはスノー様にしかできない重要な仕事だからです」


「私にしかできないか……ふむ、まあいいだろう」


 門倉は必死に説得すると、スノーは満更でもない様子で承諾する。

 スノーは過去に死神の仕事で異世界の魔神王、大魔王、神竜等と呼ばれる人間に害を為す存在を葬った歴戦の猛者らしい。一時期はキャスティルの直属の部下だった経験もあり、女神の立場でも戦闘に特化した武闘派のようだ。

 討伐任務で仕事を共にするなら、これ程心強い助っ人はいないだろうが、今回スノーが挑戦する仕事は海の家で客商売だ。

 門倉とキャスティルが裏方の事務所でスノーの適性を調べたが、営業スマイルは威圧的で客に見せられるものではなかったらしい。

そこで苦肉の策として、門倉は倉庫に眠っていた着ぐるみを取り出してスノーに客寄せパンダになってもらおうと思い付いた。

 着ぐるみなら顔を見られる事もなく、喋らないゆるキャラとして店の前に立ってもらえれば時雨達の目も届いて問題は起きないだろうと結論が出た。


「着ぐるみの中は想像以上に熱いと思いますので、こまめに水分補給を……」


「こんなのは灼熱のドラゴンブレスに比べたら涼しいもんだ。私をその辺のひ弱な女神と一緒にするな」


 門倉はスノーに注意喚起をするが、本人に問題はなさそうだ。

 時雨達には一応スノーの動向に注意を払ってくれと頼まれると、時刻は正午を回っていた。

 客の出入りも一番多くなるこの時間帯はすぐに席が満席となり、店は盛況だ。

 そんな中、家族連れの親子が一組入店しようとすると、子供の一人がビーチのイベントで貰った風船を誤って手を放してしまった。


「僕の風船が……」


 今にも泣き出しそうな子供は空高く舞う風船を見送る事しかできない。

 見兼ねたスノーは重い着ぐるみの状態であるにも関わらず跳躍し、空に舞う風船を軽々と掴んで見せた。

 そのまま器用に砂浜へ着地すると、無言で子供に風船を手渡しする。


「凄い! ありがとう」


 子供は無邪気にスノーにお礼を言うと、一部始終を見ていた周囲の海水浴は拍手喝采で称える。

 スノーも悪い気はしないようで、右腕を大きくかざす姿はまるで英雄の凱旋を持て成そうとするかのようだ。


「目立つ真似はするんじゃねえよ!」


 騒ぎに気付いたキャスティルが着ぐるみ越しのスノーに飛び膝蹴りを喰らわせると、そのまま裏方の事務所へ連行されて束の間の英雄気分も程無くして終了を迎えた。

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