第30話 風呂
食前の挨拶を済ませると、二人は自分達の料理に舌鼓を打つ。
「時雨が愛情を込めて作ってくれたから、とても美味しいわ」
「先輩が傍で一生懸命作ってくれたおかげですよ。この人参は先輩が包丁で切ったものですし、お米も研いでくれました」
時雨から料理の手ほどきを受けて、目玉焼きを作るのが精一杯だった凛は米の研ぎ方や味噌汁の作り方を覚えた。
凛は箸を置くと、自らの胸中を打ち明ける。
「言い訳じゃないけど、私は朝に弱いから、朝食を抜いて登校するのは多々あったわ。部活帰りの日はコンビニのお弁当や外食で夕食を済ませてしまう事が多かったから、自分から料理をしようって気構えがなかった」
「先輩の気持ちも分からなくはないですよ。私も朝は布団の中で一秒でも長く寝ていたいですし、部活帰りの疲れた日は簡単に済ませたいと考えるのは自然です」
凛に憧れている女生徒達からすれば、凛の言葉は信じられないだろう。
文武両道、容姿端麗備えて一見すると欠点が見当たらないが、前世の彼女を知っている時雨はやんちゃなお姫様で優しい心の持ち主だと理解している。
凛は時雨の言葉を聞くと、思い出し笑いを浮かべて前世を振り返る。
「そういえば、時雨も朝は弱かったわね。以前、兵舎の仮眠室で時雨が寝ていた時に、私がそっと布団に潜り込んだのを覚えている?」
「ええ、同僚が起こしに来て、布団の中に姫を発見した時は私が連れ込んだと勘違いされて騒ぎになりましたよ」
あの後、時雨は騎士団長に呼び出されると、危機管理がなっていないと叱られた挙句に減俸の処分が下されて、凛は父である国王に呼び出されて慎みある行動を取るように説教された。
「お互い、ひどい目に遭ったわね」
「まさか、朝に目覚めて減俸させられるとは夢にも思いませんでしたよ。あれ以来、朝が怖くて早起きする習慣ができて、学校に遅刻する事はないですけどね」
時雨は苦笑いを浮かべると、それも今となっては遠い昔の話だ。
凛が現れるまでは思い出す事もなかっただろうし、凛も同様だろう。
その後、二人は前世の話で夕食が盛り上がると、食後の挨拶を済ませて食器の片付けに入った。
時計は二十時を指すと、二人は台所から居間のソファーに座ってくつろいでいた。
「そろそろ、湯が張っている頃合いね」
「私は先輩の後に入りますので、ゆっくり湯に浸かって下さい」
宿を提供してもらっている立場もあって、時雨は最後に入るつもりだ。
凛が風呂から出てくるまで読書をしながら時間を潰そうと考えていた。
「せっかくだから、一緒に入りましょうよ」
凛は時雨の腕を掴むと、甘えた声で誘惑する。
「だ……駄目です!?」
それは騎士として許されないと、慌てて時雨は拒否する。
「ふふっ、女性同士なんだから恥ずかしがる事ないわ」
凛は無理を承知で時雨の腕を掴んでみせると、脱衣場まで移動する。
せめてもの抵抗で、時雨は目を瞑って無心になる。
当然ながら、無防備の状態である時雨の耳に凛は追い打ちを畳み掛ける。
「一緒に入らないなら、今日は何も着ないで寝るわ。湯冷めで風邪を引いたらどうしましょう」
「……分かりました。一緒に入りますので、パジャマにはちゃんと着替えて下さい」
時雨が折れると、不本意ながら二人で風呂に入る事になった。




