第299話 代理
「調理班は火元の注意と会計・接客班はお釣りの受け渡しに注意と注文内容を復唱して確認を取って下さい。それと何か問題が発生したら、すぐに私へ報告をお願いします」
門倉は時雨達を集めると、朝のミーティングを開く。
各自持ち場に就くと、今日も雲一つない快晴に恵まれて、海の家は滞りなく開店する。
「私が抜けた分は代理を立てるから安心していいよ」
ミールは抜けた穴に対して応援を呼ぶと約束してくれたが、正直不安である。
門倉も創造神にお手を煩わせるのは忍びない気持ちとここへ派遣される者がどのような人物か気が気でない様子だ。
「イチゴ、メロンのかき氷入ります!」
凛が客から注文を取ると、時雨はそれに合わせてかき氷機を準備する。
器にかき氷が盛られて、イチゴとメロンのシロップを振り掛けると、凛が御膳に乗せて運び出す。
「ありがとう。後でさ……私も時雨の作ったかき氷を食べたいな」
「ええ、お安い御用ですよ」
「ふふっ、約束よ」
凛は微笑むと、時雨とささやかな約束を交わす。
それを傍で見ていた香も時雨に強請ろうとする。
「僕も時雨ちゃんのかき氷を食べたいよ!?」
「香ちゃんのも作ってあげるよ」
「やった! 僕はイチゴと練乳をたっぷりお願いね」
香も上機嫌で約束を交わすと、客に呼ばれて注文を伺いに行く。
(やれやれ……)
そうこうしている内に次々とかき氷の注文が入り、今日はかき氷が盛況だなと時雨は器にかき氷を盛り付けて行く。
幸いにも、午前中は問題なく店は回転して順調だ。
このまま今日一日過ごせればいいのだが、忘れた頃に災難は降り掛かる。
「指定された場所はここか」
海の家に物々しい格好の者が現れたのだ。
黒い甲冑に身を包み、身の丈以上の鎌を軽々と背負っている女性。
TPOをドン無視した彼女は夏の海どころか銃刀法違反で警察の厄介になるだろう。
とりあえず、時雨はマニュアル通りに香に門倉を呼びに行ってもらい、女性の存在に気付いたキャスティルが顔をしかめて対応に当たる。
「何でお前がここにいるんだよ」
「これはキャスティルの姉貴!」
キャスティルを姉貴と慕う女性は鎌を壁に立て掛けると、背筋を伸ばして挨拶を交わす。
まるでヤクザの親分と舎弟みたいなやり取りだ。
その時点で女性が何者なのか大体の察しは付いた。
「ミールさんに代理で呼ばれた女神様ですよね。お待ちしていました」
時雨も甲冑の女性に簡単な挨拶をすると、それが気に入らなかったのか胸倉を掴んで怒りを露にする。
「おい、メス豚。創造神様を名前で気安く呼んでんじゃねえよ!」
どうやら、創造神であるミールをぞんざいに扱ったのがまずかったらしい。
ミール本人は様付けで呼ばれるのが嫌なのもあり、キャスティルやミュースも同様で失念していた。
「おい、その手を放せ!」
「キャスティルの姉貴、止めないで下さい! このメス豚は万死に値しますよ」
怒りが収まらない甲冑の女性は壁に立て掛けた鎌を時雨に向けようとすると、キャスティルは遠慮なく女性をぶん殴る。
「それはこっちの台詞だ! お前、服装はその土地に相応しい物を着ろってルールがある筈だろ。厄介事を持ち込むなら帰れ」
怒号が飛び交うと、解放された時雨はキャスティルによって保護される。
調理場から香が門倉を連れて現れると、門倉は声が裏返って驚愕する。
「ヒェ……」
ヤバイ相手を前に、門倉は腰を抜かして恐れている。
ミュースも遅れてやって来ると、その正体が明らかになる。
「死神スノー様ではありませんか! 遠路遥々、ようこそおいで下さいました」
門倉とミュースは細心の注意を払いながら粗相のないようにスノーの対応に当たる。
とりあえず、キャスティルはスノーを裏方の事務所まで連れ込むと、再教育を施して時雨達の前に再度現れた。




