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第297話 結末

「ようこそ、おいでくださいました」


 時雨を待ち受けていたのは白い羽衣に綺麗な装飾品を纏った竜宮城の主である乙姫役の凛であった。


「亀を助けて頂き、ありがとうございます。私、この竜宮城の主で乙姫と申します。以後お見知りおきを」


「私は時雨……いや、浦島太郎です」


 二人は簡単な自己紹介の挨拶を交わすと、折角なのでここは役に徹するために時雨は浦島太郎と名乗る。


「浦島様、素敵なお名前ですね。奥の部屋に宴をご用意しておりますので、どうぞこちらへいらして下さい」


 凛の案内で時雨を最奥の部屋まで通すと、そこには部屋全体が透明なガラスに覆われた広大な深海が時雨を出迎えてくれた。

 一匹の巨大なサメが時雨の頭上を優雅に泳ぐと、思わずその迫力に身構えてしまう。


「ふふっ、驚きましたか。特殊な防水加工を施したガラスを敷き詰めていますので安全ですよ」


「そ……そうなのですか。いきなりサメが現れたので肝を冷やしました」


 まるで水族館や遊園地のアトラクションに迷い込んだような気分だ。

 部屋の中央には大きなテーブルが用意されて、魚類に扮した格好の香や加奈が豪華絢爛な食事を運び込んで行く。


「こちらへお掛けになって下さい。ささやかですが、食事をご堪能下さいませ」


「このような贅沢な品々をよろしいのですか?」


「亀を助けて頂いたお礼ですよ。どうぞ心行くまで、ごゆるりとお過ごし下さい」


 時雨をテーブル席へ着かせると、凛は会釈して部屋を後にする。

 そして香や加奈の他に同級生達が同じ格好で颯爽(さっそう)と現れると、鮮やかな踊りを披露する。

 無論、夢の世界なので豪華絢爛な食事もお腹一杯に膨れる事はないが、十分過ぎる持て成しに時雨は満足していた。


「浦島様も僕と踊ろうよ」


「えっ、でも踊りはやっと事がないよ」


「大丈夫、僕がエスコートしてあげるよ」


 香が時雨の手を取ると、時雨は覚束ない足取りで身を任せる。

 最初の内はテンポが遅れて音楽に合わせて踊るのも一苦労だったが、次第に慣れ始めて来た。


「浦島様、次は私とやろうよ」


 加奈が強引に割り込むと、時雨を取られた事に対して加奈は不満そうに頬を膨らませる。

 曲想もそれに合わせて激しくなり、二人はタンゴを踊り出す。

 ダークエルフ姿の加奈は身軽な身体能力を活かして、時雨もそれに付いて行く。

 普段なら絶対にできないだろうが、夢だから実演できる光景だ。

 そして同級生達も取っ替え引っ替えに時雨と踊りを楽しむと、物語も重要な場面を迎える。

 そろそろ地上へ戻ろうかと思っていると、再び凛が部屋を訪れて小さな黒い重箱を持ち込んだ。


「ありがとうございました。そろそろ地上へ帰りたいと思います」


「ご堪能頂けたようですね。こちらの玉手箱は手土産にお持ち帰り下さい」


 凛は時雨に玉手箱を差し出すと、物語の結末を知っている時雨は受け取るのにどうしても躊躇してしまう。


「如何さなれましたか?」


「いえ……何でもありません。ちなみにですが、その箱の中身は何でしょうか?」


「それは開けてからのお楽しみです。ですが、これは人生の岐路に迷った時、この玉手箱を開けて下さい。決して軽はずみに開けたりはしないで下さい」


「わ……分かりました」


 凛は忠告をすると、時雨は唾を飲み込んで承諾する。

 押しの弱い時雨は結局、玉手箱を受け取ってしまう。

 帰りもミュースの背中に乗って地上へ戻ると、砂浜の海岸には見慣れない風景が広がっていた。

 現代風の建築物、恋人や家族連れの人だかりで砂浜は埋まっていたのだ。

 様相がガラリと変化した事に、時雨は物語の結末を予感していた。

 竜宮城で過ごした時間は地上の時間と書かみ具合が違うようで、ここは未来の世界なのだろう。

 今まさに、時雨は人生の岐路に立たされている。


(使ってみるか……)


 物語を終わらせるには時雨が玉手箱を開けるしかない。

 その結果について時雨は一抹の不安もあるが、これは夢だから現実には悪影響がないだろう。

 時雨は物語に沿って玉手箱を開けると、中から白い煙が辺りを覆う。

 そして、時雨の頭上に目覚まし時計の音が鳴り、現実世界で朝が訪れた事を告げる。

 時雨は布団から勢いよく起き上がると、テーブルの上に妙な箱が置いてあり、そこから薄っすらと白い煙が溢れ出ている。

 時雨以外も目覚まし時計の音に気付いて目覚めると、時雨が一人でパニックになっている。


「窓を開けないと!」


 時雨は慌てて窓を全開にして煙を外へ逃がすと、室内の換気を整える。

 まさか、この煙は正夢なのかと不安に駆られてしまうと、ミールは時雨達に朝の挨拶を交わす。


「おはよう。外は良い天気だよ」


「ミールさん、この煙は一体何ですか!?」


「ああ、これね。保存用のクーラーボックスにあったドライアイスだよ。そこに甘いアイスクリームを入れておいたから、皆も食べるかい?」


 白い煙の正体はミールが召喚したドライアイスだったようだ。

 甘党のミールは時雨達の分もアイスを用意してくれたようで、保存用のクーラーボックスからアイスクリームを取り出す。

 呑気にアイスクリームを頬張りながらミールは時雨の驚いた顔を見れて満足する。


「良い夢を見れたようだね。普通のドライアイスだから急激な老化なんてしないから安心しなよ」


「紛らわしい事をしないで下さいよ!」


 ドライアイスも取り扱いを間違えれば危ないが、そこはミールも配慮して気化したドライアイスは自動的に換気するシステムを整えていたらしい。

 この一連の出来事で時雨は一気に老け込んでしまったような気がした。

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