第291話 テレビの女神とガチな女神
藪蛇だったと反省しながらも、時雨の性格を熟知したミールは思わず笑ってしまう。
「ふふっ、時雨君をからかうのはやっぱり面白いね。加奈君の気持ちも分からなくはないよ」
「……はぁ、勘弁して下さい」
凛の介抱をしていただけなのに、あらぬ疑いをかけられて精神的な負担が大きい。
普段、香や加奈から冗談交じりでからかわれる事は多々あって慣れていた筈だが、相手が女神ともなると調子が狂ってしまう。
ミールはリモコンを片手にテレビを付けると、チャンネルを変えてアニメの視聴を始める。
その傍でミュースが急須にお茶を注ぐと、彼女も一緒に拝聴する。
そういえば、ミールは最近流行りの異世界転生についてキャスティルと話していた事があった。
お前は異世界転生を防ぐ立場にあるだろとキャスティルが呆れていたのを覚えている。
偶然にも、今放映されているアニメは女神が主人公を異世界転生させる内容であった。
テレビの中の女神に対して、ガチな女神達は何を思っているのだろうか。
もしかしたら、神を冒涜していると、はらわたが煮えくり返っているかもしれない。
「時雨君」
CMを挟んでミールが時雨を呼び付ける。
神の怒りに触れていなければいいのだが、時雨は息を呑んで返事に応じる。
「何でしょうか?」
「テレビに映っていた女神だけどね……」
「決して女神様を軽んじている訳ではありませんので、どうか怒りを鎮めて下さい」
時雨がミールの言葉を遮って、人間を代表して先に謝って見せる。
前世の騎士時代でも機嫌が悪い上司だった騎士相手には苦労させられた経験があった。その予防策として間髪入れず畳み掛けるようにして先に謝っておけば、その後は怒りの矛先を収めて割と上手く解決できた。
ミールの機嫌を損ねないために図ったつもりだが、ポカンとした顔でミールは時雨を見つめる。
「何か変な誤解をしているようだけど、あの女神の服装をキャスティルに着せたら面白そうじゃないかと思ってね。参考までに時雨君の意見を伺おうと思ったまでさ」
CMが明けると、ミールが再びテレビの女神に指差す。
時雨は白い布地に包まれた神々しい女神を目にすると、これをキャスティルに当て嵌めて想像する。
(恐ろしく似合わないな……)
旅館に設けた喫煙室でキャスティルは一服しているとミールは客室に戻って来た際に言っていた。
煙草を吹かす女神の印象が強いだけに、この手の服装はミュースが一番似合う気がする。
「本人は絶対に着ないと思いますよ」
「まあ、そうだろうね。でも、絶対に着ないと分かっているだけに着せて見たいと欲求が湧いて来るものさ」
ミールは自論を展開すると、彼女の悪戯心に火が付いた。
気分良くミールが指を鳴らすと、天井からアニメの女神が身に付けているような白い布地が舞い降りる。
そのタイミングで喫煙室からキャスティルが戻って来ると、ミールは早速召喚した白い布地を手に取って交渉する。
「キャスティル、頼みがあるんだ。実は……」
「断る」
「まだ用件を言ってないよ?」
「どうせ、そのヒラヒラした変態的な服を着ろって言うつもりだろ?」
間髪入れず断るのは見慣れた光景だが、交渉内容を当ててしまうのは凄い。
女神としてお互い付き合いも長くなると意思疎通はできるようになる良い例だ。
「そんな物はミュースか新米のシェーナに着させろよ」
「それは駄目だ。業務に関係ない命令はパワハラ、モラハラになってしまう」
「……現在進行形で私はお前からハラスメントを受けているんだが?」
「私とキャスティルの仲じゃないか」
ミールはキャスティルの肩を寄せ合って仲の良さをアピールする。
それが気に喰わなかったのか、キャスティルは青筋を立てながら踵を返して客室を出ようとする。
「また煙草かい? あまり吸い過ぎるのもどうかと思うよ」
「その原因はお前にあるんだがな!」
怒鳴り声を上げてキャスティルは白い布地を放り投げると、ストレス発散のために喫煙室へ引き返した。




