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第288話 廃病院の地下室

 廃病院のエントランスを再び通り抜けると、地下へ続く階段の前でシェーナが立ち止まっていた。


「シェーナさん、どうしたんですか?」


「この廃病院はあの男と関わりがあるんですよね!?」


 ミュースが驚いた声を上げてシェーナの対応に当たると、興奮気味になって詰め掛ける。


「何もありませんよ。さあ、車に戻って下さい」


 笑顔で引き返すようにミュースが促す。

 それでも納得しないシェーナは食い下がるようにしていると、地下へ続く階段からキャスティルが現れる。


「何の騒ぎだ? おい、車に戻ってろと言われただろう!」


 シェーナと時雨を一瞥して、キャスティルは怒鳴り声を上げる。

 ミュースから今度はキャスティルに真相を確かめようとすると、シェーナは駆け寄って問い質す。


「あの男とこの廃病院と関わりがあるんですよね!?」


「……何の話だ?」


「とぼけないで下さい! カーン・リベスターとこの廃病院は繋がりがあるのでしょう?」


 シェーナが写真の裏に書いてあった男の名を告げると、有無を言わさず怒りの形相へ変貌する。

 無造作にシェーナの襟首を掴んで投げ飛ばすと、大体の察しは付いたようだ。


「写真の事を喋りやがったな! いいか、さっさと車へ戻れ。これ以上くだらない詮索をするようだと容赦しねえぞ」


 キャスティルから警告をされると、彼女は本当に容赦しないだろう。

 あの写真に写り込んでいた人物は女神達にとって隠し通しておきたいのだろうが、それでもシェーナは引き下がらない。

 誰にも曲げられない確固たる意志があるかのように――。

 一触即発の事態になりかねない状況にキャスティルを宥めようとするミュースに時雨もシェーナを宥めようとすると、呑気な声が響き渡る。


「まあまあ、落ち着いて。二人共、こっちへおいで」


「おい! どういうつもりだ?」


「このまま無理矢理追い出しても、シェーナ君は納得しないだろ? それに写真をうっかり落として時雨君の目に触れさせたキャスティルにも問題がある。何かあったら、私が責任を取るよ」


「……ちっ」


 キャスティルは罰が悪そうに地下へ続く階段を下り出すと、ミールは時雨とシェーナを手招きして呼び寄せる。

 最悪な状況は脱したが、怪訝そうな顔のまま時雨はミールを見つめる。


「そんな怖い顔をしなくても、ちゃんと説明はするよ。まずはこの階段を下りようか」


 ミールは背を向けたまま階段を下り始めると、シェーナも黙ってそれに従って時雨も遅れて付いて行く。

 ミュースはその場に残り、時雨達を見送る。

 暗がりの階段を下りた終着点にはキャスティルが厳重な扉の前に立って、三人の到着を待っていた。


「扉を開ける前に約束しろ。扉の中については他言無言、守れない場合はそれなりの罰を受けてもらう。たとえ、お前等がミールの管轄である転生者でも容赦はしない」


「わ……分かりました」


 時雨はキャスティルに同意を交わすと、シェーナも頷いて答える。

 それだけ重要な何かがこの扉の先にあるのだろうと覚悟を決める。

 キャスティルが扉の前にある操作盤でロックを解除し始めると、時雨の耳元でミールが囁く。


「ああ言っているけど、一番君達の身を案じているのは彼女なんだ。車に戻ったら、我々と世間話をしていたと適当に話を合わせてくれると有り難い。時雨君に嘘を付かせるのは忍びないけど、ここは一つよろしく頼むよ」


「……はい」


 時雨の性格から嘘は騎士道に反すると見抜いて了承を得ると、ミールは「ありがとう」と笑って答えてくれた。

 操作盤で扉のロックが解除されると、キャスティルは重い扉を開けて時雨達を中へ通す。

 扉の先には門倉と以前公園でミュースのキッチンカーにキャスティルと訪れたカフテラの姿があった。

 門倉は複雑な機械装置を操って何かの作業に集中している。

 カフテラは壁際に背を向けて開いた扉に目を向けると、部外者である時雨とシェーナを目の敵にする。


「おい、その二人は何だよ?」


「ちょっとした社会科見学さ」


 ミールが簡単に答えると、キャスティルは何も言わずに扉を閉める。

 カフテラもそれ以上の詮索はせずに目を伏せて察する。


「単刀直入に言うと、ここにあるのは異世界へ渡る転移装置だ。転移場所の座標を入力すれば時雨君がいた前世の世界へも飛べるし、シェーナ君がいた世界も飛べる」


 ミールは転移装置を指差して説明すると、SFに登場するような代物がこんな廃病院の地下に眠っていたのだから、とても信じられなかった。

 その声でやっと時雨達の存在に気付いた門倉は目を丸くして驚いてしまう。


「えっ!? 何で時雨ちゃんやシェーナちゃんがここに?」


「オーナーの彼には転移装置で生じた異次元の穴を塞ぐ作業をしてもらっているんだ。穴から異世界にいる凶暴な魔物が渡ってしまう場合もあるから、念のために武闘派のカフテラを配置して作業を当たらせていたんだ」


 ミールは構わず説明を続けると、どうやら異世界へ飛ぶ際は異次元への干渉を引き起こして穴が開いてしまうらしい。穴からは稀に異世界の魔物や人間が迷い込むケースがあるようで、その対処はカフテラに任せていた。

 当初、肝試しのイベントを決行したミールもこの廃病院は不浄な魂が混在しているのを把握していた。門倉も近所で飲み友達の坊主から廃病院について調査して欲しいと依頼されていたので、それに便乗したミールは時雨達に肝試しをさせて女神の本業である魂の浄化作業に当たった。

 だが、実際に肝試しを開始すると普通の廃病院ではないと気付いた女神達は廃病院全体を調査したところ、この地下の存在とキャスティルが拾った写真だった。


「幸いにも、異次元の穴からは何か飛び出して来た形跡はなかったし、無事に塞げそうだよ」


 一連の作業を終えた門倉は女神達に一礼してその場を去ると、役目を終えたカフテラもその後に続く。

 そして本題はここからだ。


「どうしてそんな代物がここにあるかと疑問にあるのだろう? 答えは写真に写っていたカーンと言う男が関わっていたからさ」


 ミールはキャスティルから写真を渡されると、真ん中に写っているスーツ姿の若い外国人を指差す。

 裕福な資産家の一族出身の彼はこの地球とシェーナのいた異世界を行き来していたようだ。

 シェーナ達の活躍でカーンの野望は打ち砕き、主人を失ったこの病院は自動的に経営破綻の流れになった。


「おそらく、表向きは身寄りのない者を受け入れる病院として体裁を保っていたが、裏では患者を異世界へ移動させたりしていたのだろう。残念だが、これは違法に造られた代物だ。然るべき処理を施して廃棄するのが決定されている。時雨君を前世の異世界へ飛ばす事はできない」


「それは……構いません。仮に戻れたしても、この姿ではかつての居場所もありません。私や他の転生者もきっと同じ事を思うでしょう。ここで見た事は誓って誰にも言いません」


「……そうかい」


 時雨は吹っ切れたようにミールへ一礼すると、踵を返して地下室を後にする。

 シェーナも納得を示すと、数々の無礼を謝罪してミールとキャスティルに頭を下げる。


「早く車へ戻れ」


 ぶっきら棒にキャスティルがシェーナの背中を叩くと、彼女なりにそれでチャラにしたのだろう。

 ミールとキャスティルも地下室の予備電源を落とすと、地下室を後にした。

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