第280話 監視
ミールは逆上せた上がった時雨を引き上げる。
弱点を探るどころか弱点を責められる始末であった。
「私の変身はどうだったかな?」
まさか、他人に変身できるとは思わなかったので完全に虚を突かれて為す術もなかった。
「あんなのはもう勘弁して下さい」
「女神の弱点を探ろうとした時雨君にちょっとしたお仕置きをしたつもりが、悪ノリして良い雰囲気になったけど、時雨君も満更悪い気はしなかっただろ?」
「それは……」
思い返すと、ミールの言う通り完全に否定できないのが情けない。
精神的な鍛錬が未熟だなと思い知らされてしまう。
「ふふっ、別に恥じる事はないよ。その素直な気持ちは今後も大切にね」
何か言いたいような感じであったが、それ以上の事は何も触れずに二人っきりの露天風呂は幕を閉じた。
浴衣に着替えた時雨とミールはラウンジの休憩スペースでくつろぐ。
「ところで、本来の仕事の方は大丈夫なんですか?」
本来、ミールの仕事はキャスティルの監視が目的だった筈だ。
介抱して付き添ってくれたのは感謝しているが、それが仕事放棄に繋がっては申し訳ない。
「ああ、それならオーナーの彼に引き継いでもらっているよ。まあ、監視のついでに海のバカンスを楽しむのが目的だから、そういう意味では米軍と一悶着を起こしたキャスティルに感謝かな」
創造神の仕事は多忙を極める業務なので、通常地上に現れるのは稀らしい。
普通に考えれば、女神が人間社会に溶け込んでいる時点でとんでもない事象なのだが、割と緩い感じな女神達のおかげで失念気味であった
監視と言えば、もう一組キャスティルを監視している者達の影がある。
「あの、高速道路で拘束したあの連中は……」
「米軍だね。一応和解は成立したけど、キャスティルが地上にいる間は監視が付けられる事になっているよ。断っておくけど、私と米軍の監視に関連性はないよ」
てっきり女神側と米軍が連携しているのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
キャスティルの件はアメリカでも極秘事項だったが、一部の情報が他国に漏れてしまったらしい。拘束されたあおり運転手達はキャスティルに接触を試みた他国の諜報員かもしれない疑念があるので、キャスティルに近付く者達は問答無用で精査される仕組みになっているらしい。
勿論、疑いが晴れれば解放されるだろうが――。
「解放の条件に口止めはしていると思うよ。まあ、それを破った後の処遇は我々の関知しないところだけどね」
海の家でのクレーマーも傍に外国人の客がいたが、あれもキャスティルを監視するために派遣された米軍関係者だろう。
あくまで女神達は異世界転生に関わった事案のために動く。
一部を除いて、基本的に地上の出来事は関与しない事になっている。
「心配しなくてもいいよ。米軍は時雨君達の私生活を脅かすような事はしないし、それを守るのは我々の仕事だ」
ミールは何もない右手から一本の缶ジュースを時雨に差し出して笑って答える。
守ってもらうのは有難い話であるが、同時に不安も募る。
「ところで時雨君はどの子を本命にしているんだい?」
差し出された缶ジュースを口にした矢先、とんでもない質問を繰り出すミールに思わず時雨は咳込んでしまう。
「本命って……」
「勿論、女神から選んでもらっても構わないよ。時雨君はムッツリな感じだから、ミュースみたいな聖女タイプが好みかな?」
創造神にムッツリ認定させられた時雨だが、ミュースを指名されて完全に否定できないのはもどかしい。
「別に好みとか……そんなのありませんよ」
「じゃあ、キャスティルなのかい!? 時雨君、君はドMなのかな?」
どうしてそうなるのか。
今度はドM認定されかけると、ノリが同級生の女子高生と話しているのと変わらないなと時雨は思う。
「もしかして、私が本命だったりするのかな? 時雨君のような若い子に好かれるのは悪い気はしないね」
ミールはわざとらしく恥じらって見せると、時雨は違う意味で不安が募る一方だった。




