第28話 凛の食生活
時雨は母親に連絡を入れて事情を説明すると、快く承諾してくれた。
どうやら、柚子も電車が停まって大学から身動きが取れない様子で、時雨と同様に友人のアパートで一泊すると連絡があったようだ。
「両親と連絡が取れました。すみませんが、今晩はよろしくお願いします」
「水臭いわね。前世からの仲なんだから、遠慮する必要はないわよ。それより、夕食は何が食べたいかしら?」
時雨は改めて凛にお礼を言うと、本人は気にしていない様子だ。
(一緒の部屋で一夜を過ごすのは十数年ぶりか)
前世では護衛の一環でシェラートの寝室に待機していた事があった。
通常は寝室に入らず、扉の前で待機するのだが、シェラートのたっての頼みとあって特別に許可された。
一国のお姫様とあって、寝込みの彼女を狙う暗殺者を何度か撃退する事に成功したが、馬車から転落させられて死なせてしまった事は悔やまれる。
「時雨?」
凛は心配そうに声を掛けると、時雨は我に返って返事をする。
「ああ……すみません。少しぼっーとしてました」
「もしかして、私と一緒に深夜をどう過ごそうかと思案していたのかしら。時雨は昔からむっつりな性格をしていたからね」
凛は意地悪な笑みを浮かべると、時雨は首を横に振って否定してみせた。
「違いますよ!? それに私は騎士として、そのような不埒な事は考えていません」
「むきになるところを見ると、図星かしら」
「もう……夕食は私が作りますよ。泊めてもらうのですから、私にできるせめてもの気持ちです」
時雨は気を取り直して台所に立つと、冷蔵庫の中身を確認する。
以前、ご馳走してくれた高級フレンチのようにはいかないが、凛が喜んでもらえるような料理を作れたら幸いだ。
「冷蔵庫は特に何も入ってないわよ。料理は出前で済ましているからね」
「先輩、自炊の経験は?」
「特にないわね」
たしかに冷蔵庫の中は空っぽで、調理器具のほとんどは新品同然であった。
時雨は冷蔵庫の扉を閉めると、凛の肩を掴んでお願いする。
「一人暮らしには自炊は必須スキルですよ。出前等の外食ばかりだと、栄養が偏ってしまいますし、食費も浮かせられます。私も協力しますので、どうか自炊を覚えて下さい」
「わ……分かったわ。時雨がそこまで言うなら、やってみる」
凛は時雨の圧に負かされて頷くと、自炊する約束を取り付けた。
前世がお姫様だけあって、テーブルに出される料理は一流の料理人による品だった。
お金に余裕があるので、自炊を怠けてしまう凛の気持ちは分からなくもないが、やはりこのような食生活を続けていたら凛のためにならない。
「まずは食材を買いにスーパーへ行きましょう。夕食のメニューは肉じゃがを作ります」
時雨は玄関先で靴に履き替えると、凛を連れて近場のスーパーで食材を買い込みに向かった。




