第278話 露天風呂②
幸いにも夕方前の時間帯もあって、露天風呂には誰もいない。
時雨は身体にタオルを巻いて露天風呂に臨む。
「おや、そんな格好で入るのかい?」
ミールは不思議そうにこちらを窺うと、その声に時雨は反応する。
すると、タオルを肩にぶら下げて恥ずかしげもなく裸体のミールが目に飛び込んでしまった。
これには参ってしまい、時雨は慌てて視線を逸らす。
周りにいる女性陣達はどうしてこうも無防備なんだと時雨は頭の中で嘆いてしまう。
「あの……タオルは巻いた方がいいですよ」
それとなく忠告を試みると、ミールの返答は強烈であった。
「時雨君のエッチ!」
「す……すみません!」
反射的に謝ってしまう時雨は着替え直して脱衣場から退散しようとしてしまう。
騎士として女性からエッチと蔑まれるのは不名誉であり、人として最低だ。
ましてや、普通の女性ではなく創造神の女神様相手なら不敬罪に値する。
「一度言ってみたかった台詞だけど、まさかこんなに効果があるとは驚いたよ」
ミールは逃げ出そうとする時雨に手をかざすと、まるで金縛りにあったかのように動きを封じてしまう。
忠告通り、ミールはタオルを身体に巻いて従うと時雨にかけられた金縛りを解く。
「うう……正直、生きた心地がしませんでしたよ」
「ごめんごめん。お詫びに私が時雨君に何でもしてあげるよ」
露天風呂に入る前から、時雨は嫌な汗を掻いてしまった。
掴みどころがない割と悪戯好きな女神はかなり手強い相手だ。
お詫びで何でもしてあげると提示するが、これも時雨をからかうための口実で罠ではないのかと警戒してしまう。
「あっ、その顔は信じていないね? 本当に何でもしてあげるから、願いを言ってごらん」
時雨の心を見透かすようにミールは願いを聞き届けようとする。
急にそんな事を言われても叶えたい願いは思い浮かばないものだ。
「じゃあ、今日は良い夢を見てぐっすり寝たいです」
「おや、可愛らしい願いだね。まあ、時雨君らしい純粋さがあっていいと思うよ」
明日からの仕事に備えて身体を十分に休めて海で遊びたい。
そんな些細な夢を叶えてもらおうかと思ったが、この悪戯好きな女神を少し困らせたいなと脳裏に過った。
さすがの女神でも夢に干渉まではできないだろうと踏んでいたが、簡単に了承してくれた。
「よし、良い夢を見させてあげるよ」
「夢ですよ?」
「ははっ、私にかかれば楽勝だよ。さあ、露天風呂に浸かろう」
ミールは時雨の腕を掴んで、いざ露天風呂へ。
誰もいない広々とした空間に汗を流して巨大な窓ガラスから綺麗な青空が広がっている。
普通ならリラックスして露天風呂を堪能できたと思うが、女神がそれを許してはくれない。
「昔、さっきの似たような台詞をキャスティルやカフテラにも実践したけど、キャスティルは何言ってんだこいつと言わんばかりにスルーされ、カフテラに至っては、はいはいエッチですねとあしらわれてつまらない反応だったんだよ」
「はぁ……」
「その点、時雨君は素晴らしい反応だったよ。またやってもいいかい?」
「それは勘弁して下さい」
何となくだが、キャスティルが毛嫌いするのも分かるような気がする。
車内で一悶着あった時から薄々感じていたが、普段からこの調子ではキャスティルの性格からストレスが溜まる一方だろう。
「えっー、そんな意地悪しないでさ。ほら、その分に応じて願いを叶えてあげるから」
「駄目です」
「むぅぅ、どうしても?」
「駄目です」
頑なに拒否を示す時雨だが、この女神は折れる事を知らない。




