第275話 TPO
仕切りのカーテンを取り外して時雨の着替えるスペースに付け替えると、素早く水着とその上からTシャツに着替え終える。
香がせがむように時雨の水着姿を観賞したいと願い出るが、却下する。
「むぅ……時雨ちゃんのケチ」
「仕事が終わった後、少し海で泳ぐからその時にね」
今まで、時雨の水着に執着するのは純粋に香とからかう目的の加奈ぐらいだ。
去年の市民プールの更衣室で水着の着替え中、普通に胸を揉まれた挙句に自分だけズルイと香も便乗して揉まれた過去がある。
今年も何をされるか分からないので警戒していたが、今のところ大丈夫だ。
早く合流して更衣室を退出しようとした時、一人だけ水着に着替えずTシャツを着込んだ者がいるのに気付いた。
「シェーナは水着に着替えないの?」
「ああ、うん。俺は……いいや」
時雨が訊ねると、シェーナは曖昧な返答で様子がおかしい。
「もしかして、体調が悪いの?」
「そう言う訳じゃないよ。それより、早く行こう」
心配そうに香がシェーナの体調を気遣う。
もしかして、泳げないのか。
時雨も泳ぎは得意ではないし、消極的になってしまうシェーナの気持ちは分からなくもない。
浅瀬で砂遊びをするぐらいに留まれば大丈夫だと思うが、多分シェーナ以外は水着に着替えて海を満喫する気だから他の女子達に問い質されるのは必至だ。
足早にシェーナが更衣室を出ると、そこには立ち塞がるように加奈が待ち伏せていた。
「ほほぉ、時雨と香の生足は綺麗ね。シェーナは……何でズボン穿いてるの?」
顎に手を当てながら、まるでオッサンのような感想を述べる。
香は加奈のスケベと足元を隠すようにするが、シェーナが水着に着替えていない事に気付いた加奈はシェーナのズボンに不満を漏らす。
「水着はどうしたのよ!? ビーチで水着に着替えていないなんてTPOに反しているわ」
ダークエルフの姿で出歩いている加奈も色々と反しているんだよなと時雨は思う。
「これは由々しき問題よ。美人で女騎士だったシェーナの水着が見られないのはどう考えても納得がいかないわ」
「はいはい、納得しなくていいから仕事が待ってるよ」
時雨が呆れて海の家に向かおうとする。
香も時雨の後を追うようにすると、加奈は我慢ならずにシェーナの腕を掴んで更衣室に立てこもる。
そして更衣室に鍵をかけると、密室状態となった加奈とシェーナに不安を覚える。
「さあ、水着に着替えましょう」
「いや……このままでいいよ」
更衣室の様子は分からないが、加奈がシェーナに水着を要求して着替えさせようとしているのは分かった。
時雨は更衣室の扉を開けるように説得を試みるが無視される形となる。
それでなくても、加奈とシェーナを二人っきりにさせたらシェーナが情緒不安定に陥るかもしれない。
しばらく声が静まり返ると、やがて更衣室の扉が開かれて水着姿のシェーナと加奈が姿を現した。
(くっ……)
想像はしていたが、二人共似合っている。
白ビキニで闊歩する加奈と同じく下を向いて恥ずかしそうにするシェーナ。
加奈も最初はTシャツで水着は隠れていたが、惜し気もなく水着姿を披露すると大きな胸元が揺れて時雨は視線を定めるのに戸惑ってしまう。
そんな時雨を見透かすように、加奈はワザと時雨の前に立って反応を楽しむ。
「ふふん、どうかな?」
「いいんじゃないの」
「もう少し具体的な感想が欲しいわねぇ。例えば、『加奈のおっぱいは大きくて魅力的だね』とかさ」
「ば……バカ! そんなセクハラ紛いな感想誰が言うか」
憤慨する時雨はTシャツを上から着るように指示する。
加奈は満足したように笑いながらTシャツを着ると、それに触発されて今度は香がTシャツを脱ぎ捨てて水着姿を披露する。
「加奈の水着より僕の水着の方が時雨ちゃんは好みだよ。そうだよね、時雨ちゃん?」
そのまま時雨に抱き付いて確かめるようにするが、時雨の顔に香の胸が当たって反論もままならない。
「やばい、時雨が天国に昇天しちゃうかも」
とりあえず加奈は二人を引き離すと、時雨は力が抜けてその場にへたり込んでしまう。
(本当に昇天しそうだったよ……)
色々と言いたい事はあるが、しびれを切らしたキャスティルが時雨達を発見すると怒鳴り声を上げて海の家まで連行された。




