第263話 ジャージ姿の女神
キャスティルは何事もなかったかのように助手席へ戻ると、ミールは運転席で気絶している柚子を両手で抱える。
「ここからは私が運転しよう。彼女を介抱してあげてくれ」
「えっ!?」
声を聞く限り、やはりこの女性はミールだ。
柚子をゆっくり後部座席へ移動させたミールは代わりに運転席へ着くと、目的地に車を発進させる。
「ああ、時雨君にこの姿を見せるのは初めてだったね。改めまして、私は創造神ミールだ」
「よ……よろしくお願いします」
運転しながら挨拶を交わすミールに、時雨は思わず息を呑んでしまう。
銀色の長髪を後ろに束ねて、温厚で聡明な顔立ちの女性だ。
(今までにないタイプの女神様だな)
容姿は女神に相応しい美人であるのは間違いないのだが、問題なのは服装だ。
上下は紫色のジャージを着こなし、胸にはご丁寧に『ミール』と表記されているのだ。
黒いローブの下にこんな姿をしていたとは予想もできなかった。
「ラフな格好だなって思ったでしょ?」
時雨の心を見透かすようにミュースはバックミラー越しで語り掛ける。
「いえ、そんな事はないかと……」
時雨は思わず視線を避けて下を向きながら答える。
本当はミールの言う通りなのだが、もしかしたら女神の間ではこれが正装なのかもしれない。
それにミールは創造神と称される女神。
彼女の気分を害しては失礼に値する。
そんな時雨を他所に香は正直で呑気な感想を述べる。
「ずぼらなOLさんが近所のコンビニへ買い物行くスタイルだよね」
突然何を言い出すんだとこれには参ってしまい、時雨は思わず香の口を塞いでしまう。
今この場で運転席に着いて時雨達の命を預かっているのはミールだ。
神の怒りを買って車を暴走されたらどうしようもない。
「はっはっは、ずぼらなOLとは予想できなかったな。香君のご指摘通り、私の普段着はこんな感じさ」
「あっ、僕の名前を知っているんですね」
「勿論、私は女神様だからね。何でもお見通しさ」
ミュースやキャスティルのおかげで、香は新たな女神の登場にも耐性ができてしまっているようだ。
それとなく、香に小声であまり失礼な物言いはしないように注意する。
「良い機会だから、男から女に転生した三人に質問してもいいかな?」
女神が質問とは一体何だろうと不安そうな顔で転生組の三人は頷いて答える。
「ああ、これは別に仕事の一環で訊ねている訳じゃないよ。純粋に私個人の興味本位だ。返答次第で君達をこちらで流行りの異世界転生をさせるなんて展開もないから安心してね」
「お前さんはそれをさせないのが仕事だろうに」
そもそも前世の記憶を継承して異世界転生させる行為は御法度。
ミールはその責任者でもあるので、場を和ませる冗談だとしてもキャスティルは呆れてしまう。
「コホン、では質問だ。好きな人物を一人思い浮かべて名前を挙げてもらおうか」
ミールは咳払いをして三人に質問を繰り出す。
(好きな人物か)
今の両親や柚子も時雨にとって血の繋がった大切な人であり、転生後は香と血縁関係はなくなってしまったが、好きな人物である。
同級生の加奈や上級生の凛や紅葉、時雨と境遇が似ているシェーナも同様である。
「当たり前だけど、Loveな人物だからね」
やっぱりそっちかと時雨は釘を刺されて思い悩んでしまう。




