第262話 茶目っ気
外から怒鳴り散らす声が聞こえ始めると、相手の車の助手席と後部座席からガラの悪そうな中年男が二人加勢してキャスティルを取り囲む。
「時雨ちゃん……僕、怖いよ」
「大丈夫だよ。私が付いているからね」
その光景に怯える香は時雨の腕を強く掴む。
キャスティルは一歩も出るなと言っていたが、この状況は非常にまずい。
「時雨は警察に電話をしてちょうだい。私は女神様を助けに行ってくる」
「だ……駄目だよ! ここに残っていろとキャスティルさんも言ってたし、お姉ちゃん一人で止めに入るのは危険だ」
「私達のために女神様が危険な目に遭っているんだから、放っておく訳にはいかないわよ!」
柚子は時雨の制止を振り切って運転席の扉を開けようとする。
たしかに柚子の言う事は正論であり、本来なら騎士としてこの場を収める役目は時雨にある。前世の姿なら素人三人の男相手に後れを取る事はないが、今は小柄な女子高生である鏑木時雨には荷が重い。
(くそ……)
下手に時雨がでしゃばってキャスティルに加勢したところで足手まといになるのは目に見えている。
それだけに自分の無力さに嫌気が差す。
「待って下さい。あの女神様の言う通り、ここでじっとしていた方がいい」
声を震わせてシェーナが柚子を諭すように制止する。
シェーナも香と同様に怖がっているのだが、その理由は異なっていた。
柚子は納得できずに振り払おうとすると、シェーナは止むを得ず軽い電撃の魔法を唱えて柚子を気絶させてしまう。
「すまない、少しの間だけ眠ってもらった」
「私もシェーナの立場なら同じ事をしていたよ」
少々強引ではあったが、柚子の身を守るためには最善手の方法だ。
以前、シェーナは運命の女神キャスティルについて知り合いから警告とも受け取れる言葉を耳にしていた。
問題がある世界を放置するぐらいなら、壊してリセットする。
元々、キャスティルは時雨やシェーナ達のような異世界転生した存在を疎んでいた。
女神達の間で処遇を検討した結果、最終的に創造神ミールが責任者となってシェーナや時雨の前に女神を派遣して様子を見る事になった。
「何とか言ったらどうだ! 黙っていたら何も分からねえぜ?」
中年男達は罵声と共にキャスティルの襟首を掴んで凄んで見せると、問答無用で拳を振り下ろして殴り掛かる。
それを皮切りに調子に乗った中年男達は袋叩きにキャスティルへ暴行を加え始める。
「どうして反撃しないんだ?」
シェーナもこれは予想外な展開だったらしく、無抵抗の女神に動揺が隠せない。
過去の彼女なら、自身に敵対する者には容赦なく断罪する筈なのだ。
信じられない光景に時雨達は歯痒い気持ちで眺めていると、我慢ならずに今度はシェーナが外へ飛び出そうとする。
「待って!」
時雨が一台のワゴン車がこちらに急接近するのを確認すると、すぐ後方の路肩に急停車する。
ワゴン車から屈強な外国人が降りて、一直線に暴行現場へ駈け付ける。
手慣れた様子で中年男達の腕を取り押さえると、抵抗を許さないままワゴン車へ押し込む。
この間、僅か数秒間の出来事だ。
そして、そのままワゴン車は何事もなかったかのように発進して去って行く。
「ちっ……」
殴られた拍子に口を切ってしまったようで、キャスティルは口から血が混じった唾を吐き捨てる。
「随分と派手にやられたね」
「ふん……暇人な女神だな」
いつの間にか黒いローブを被った女性がキャスティルに手を差し伸べると、不愛想な表情でキャスティルは払い除ける。
「おやおや、嫌われちゃったね」
「監視が付くのは聞いていたが、まさか創造神自らが買って出るとはな」
「だって、私も海へ行きたかったんだもん」
「行きたかったんだもんって……子供かよ」
茶目っ気全開で黒いローブを脱ぎ捨てると、創造神ミールはその姿の全貌を露にする。




