第254話 凛お嬢様
約束の時間まで少し早いが、電車が到着すると改札口から風呂敷包みを持ったシェーナの姿があった。
「こんにちは。凛さん、今日からよろしくお願いします」
「ふふっ、凛でいいわよ。そんな畏まらないでね」
挨拶もそこそこ交わしながら、凛の自宅に向かって歩き出す。
随分と手持ちの荷物は少ないように思えるが、風呂敷包みには最低限の衣類が入っているようだ。
「女の子なんだから衣服はもう少し揃えた方がいいわね。よし、お姉さんが一緒に見てあげるわ」
「お金もそんなに支給されていないので、これで大丈夫だよ」
「駄目よ。夏の暑い季節にマフラー巻いて歩けないでしょう? 洋服も季節に合わせて着こなすぐらいしないと、女の子にモテないぞ」
凛もシェーナの扱いに慣れたのか、女の子にモテないと言う言葉に押されて渋々従う。
(女の子にモテないか……)
その言葉は時雨にも深く刺さって自身の服装を思い浮かべると、変える余地はありそうだ。
そして、凛の矛先は時雨にも向いた。
「時雨もこの際だから、一緒に見てあげるわ。勿論、NOなんて言わないわよね?」
「喜んでYESとさせていただきます」
「よろしい。では早速このまま見に行きましょう」
予定を変更して時雨とシェーナの衣類を買い出しに駅前へ引き返す。
一番心配しているお金については、シェーナに関する出費は経費として処理するとミュースから伝達されているらしい。
時雨も夏服用に私服は欲しかったので、凛に見立ててもらうのも悪くはない。
凛に案内されたのはタクシーに乗車して都心の一等地にあるファッションブランド店であった。
時雨は瞬時に悟った。
(あっ……これはまずい)
凛は前世や転生後もお金に不自由ない生活を送ってきた。
そんな凛が贔屓にしている店なら、当然格式も高い筈なのだ。
残念ながら、時雨のような一般人のお小遣いで買える物はないだろう。
それはシェーナも同じ考えに行き着いたようで、明らかに動揺している。
時雨とシェーナは目を合わせると、小さく頷いて凛に異議を申し立てる。
「凛先輩、他の店にしましょう」
「あら、どうして?」
「シェーナも経費が落ちるとはいえ、限度があるかと……それに私も懐具合が寂しいので、ここはまた別の機会にしましょう」
やんわりとした言葉で別の店へ誘導を図る時雨にシェーナもそれに続いて相槌を入れる。
そんな二人の気持ちを察したのか、凛は二人の背中を押して入店する。
「ここは私の母親が経営しているお店なの。だから、お金は気にしなくていいのよ」
「えっ!? そうだったんですか」
これには時雨とシェーナも驚いて声を上げてしまった。
たしか凛の両親は海外で働いていると伺っていたが、詳しく話を聞くと凛の母親は日本を含めた海外を拠点にファッションブランド店を展開しているらしい。
「それにしても、凄いお店ですね」
時雨が目移りして感嘆の声を上げる。
綺麗な絨毯が敷かれて、外観や内装もそれに見合うだけのオシャレな雰囲気だ。
凛の背中を追いかけながら、時雨とシェーナは落ち着かない様子で店内を見回すと、様々な商品が目に飛び込んで来る。
予想していた通り、値札には時雨のお小遣いでは到底買えないような代物がほとんどだ。
仮にこの店でシェーナの満足する買い物をして、後日領収書をミュースに届けたら卒倒してしまうだろう。
店の奥へと進んで行くと、凛の姿に気付いた支配人らしき人物が慌てて駆け寄って来た。
「これは凛お嬢様!? ご連絡を頂けましたら、こちらからお迎えに参りましたのに申し訳ありません」
「別にいいのよ。今日は二人に似合う物を見繕いたいから、他のお客様の邪魔にならない程度に店の中を散策させてもらうわね」
「かしこまりました」
支配人が深くお辞儀をすると、前世でも似たようなやり取りがあったので何だか懐かしい気分だ。
「こっちよ。二人には着てもらいたい物が沢山あるのよ」
店側の了承を得ると、凛は二人の手を引いて早速洋服選びを始める。




