第251話 赤信号
「ふーん、そうなのね」
「布の面積が少ないし、目のやり場に困るからね」
加奈が何か言いたそうに言葉を投げ掛けるが、時雨はきっぱりとその理由を述べる。
曖昧な返事は加奈に付け入る隙を与えて、からかわれる格好の材料になってしまうのは学習済みだ。
「ムッツリな時雨さんらしい回答だけど、香の挑戦したい心意気は大事だと思うのよ」
加奈は神妙な顔でテーブルに肘を付くと、時雨に問い掛ける。
まっとうな意見を言っているが、香にマイクロビキニを着させて時雨の反応を楽しみたいと言うのが透けて見えている。
「時雨ちゃんが見たいなら、僕頑張って挑戦するよ」
「いや、そこは頑張らなくていいから……」
香を焚き付けようとする加奈にも困ったものだ。
それより、先程から凛の視線が時雨に向いたままで、その心情は如何程なのか気になってしまう。
「赤信号、皆で渡れば怖くない」
「えっ?」
凛が突然笑みを浮かべて思い立ったように言うと、耳を疑ってしまう。
加奈や香ならともかく、女子生徒達の憧れの的であり模範的な存在の凛が言う台詞ではないからだ。
これには加奈も予想外だったようで、キョトンとした顔になってしまう。
「つまり、皆で着用すれば恥ずかしさも吹っ飛んでしまうかもしれないわ」
「……赤信号で横断は普通に危ないです! それに海の家でバイトをしないといけないですので、そんな格好は店主に絶対突っ込まれて怒られます」
時雨は全力で否定すると、さすがに参ってしまう。
柚子の懇意で紹介してくれたアルバイトだからと言って、コンプライアンスは存在する。
仮に赤信号を無視して全員が凛の言う通り仕事に臨めば、夢だった海も幻となって潰えてしまうだろう。
「でも、時雨にとって悪くはない環境じゃない?」
「それは……駄目です!」
時雨は大げさに両腕でバツ印のジェスチャーを試みる。
環境の一点だけで考えれば、決して悪くはない自分がいる。
余計なエネルギーを発散させてしまうと、喉が渇いてしょうがない。
時雨はオレンジジュースを口にすると、紅葉が首を傾げてさらに畳み掛ける。
「そのマイクロビキニって代物はどんな物なのだ?」
考えてみれば、スマホも最近になってやっと手にするようになった紅葉だ。
あまりオシャレや恋愛沙汰に疎かった紅葉にとって、時雨達の会話についていけなかった。
「そこで文明の利器であるスマホの出番ですよ。検索すればすぐにどんな代物か分かりますよ」
「なるほど、それもそうだな」
ここ一番でアドバイスする加奈に紅葉は真剣な眼差しでスマホを操作する。
多分、学校指定の水着みたいな物だと考えていただろうが、検索し終えて紅葉は唖然とした様子で声を出す。
「最近の若い子はこんな水着を着るのが主流なのか」
「ふふっ、紅葉さんも十分若いじゃありませんか」
時雨達のやり取りを可笑しそうに見ていたミュースが思わずやんわりした口調で突っ込みを入れてしまう。




