第244話 苦労人
「皆さんに伝えておきたい事があります。ミュースさんや時雨には周知の事実ですが、私の前世は男子高校生でした」
銀髪の美女は心臓の鼓動が高鳴り、三人の反応をまじまじと窺う。
一同は黙ってシェーナの言葉に耳を傾けると、最初に口を開いたのは加奈だ。
「なるほど、時雨と同じか。じゃあ、今度私達とお風呂に入ってさらに親交を深め合いましょうか」
「えっ……」
予想とは全然違った返答が返ってくると、シェーナはその場で固まってしまう。
「ふふっ、それは良いアイデアね。紅葉もそう思うでしょう?」
「そうだな。見聞を広めるためにも是非お願いしたい」
凛も乗り気で賛成に回ると、紅葉も頭を下げて追随する。
嫌悪感どころかさらに好意的な振る舞いを見せる三人にシェーナは助けを求めるように時雨に視線を移す。
(行ってらっしゃい)
時雨は軽く手を振って答える。
キャスティルの件もあるが、風呂に縁のある女神だ。
三人に引っ張りだこのシェーナをよそに、時雨はこの賑やかな空間が永遠に続けばいいなと思ってしまう。
「打ち解けられて安心しました。シェーナさんは大丈夫そうですし、後はキャスティルですね」
「そういえば、キャスティルさんはここにいる間の住まいはどうしたんですか?」
「時雨さん達の学校に程近い賃貸アパートを契約しました。今日は昼頃から必要な荷物をアパートに運んだりしていましたよ」
ミュースは安堵すると、残りの女神について苦労していたようだ。
ミュースのアパートを追い出されたキャスティルのためにも、責任を持って新たな住まいを探し当てていた。
本人曰く、元々は神の世界で中間管理職に携わっているミュースはこの手の引継ぎは日常茶飯事らしい。
「ここ最近で本当に厄介だったのは受信料の徴収でしたね。まあ、これに関しては私の認識不足が招いた結果でもあるので反省しています」
そんなミュースでも手を焼いた事があったようだ。
深い溜息をついて時雨に愚痴をこぼす。
時雨も黙ってそれに付き合うと、どうやらミュースのアパートに営業マン風の男性が押しかけて来たらしい。たしか新興宗教の入信を勧める者が現れたのをきっかけに、お断りの文言が書かれた立て札を用意したと話は聞いていた。
「運悪く、私がアパートを留守にしている間にキャスティルが対応に当たってしまったのが不幸の始まりでした」
ぶっきら棒に対応したキャスティルは営業マン風の男性を見るなり、新手のセールスマンだと認識したようだ。
けんもほろろに断りの文句を言って追い返そうとするが、相手もなかなか引き下がらない。
沸点の低い女神様なのは承知しているので、それを聞いているだけで時雨は胃がきりきりして痛みそうな感じである。
さらに運が悪く営業マン風の男性が名乗った団体名が横文字だった。
キャスティルは以前シェーナの件で米軍相手に暴れた経緯も合わさって、男性を報復に訪れた米軍関係者だと勘違いしたようだ。
「幸いにも、その時は早く用事を済ませて帰宅できたので現場を押さえられました。二人から事情を聞いて受信料も払ったので大事に至らずに済みましたが、私がいなかったらあのアパート跡形もなく更地になっていたかもしれませんね」
話が締め括ると、ミュースは天井を見上げながら当時を思い返す。
それを聞く限りだと、キャスティルを一人暮らしさせて大丈夫なのかと心配になってしまった。




