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第243話 宿

 シェーナの話を聞く限りだと、どうやら魔物や盗賊等の輩に襲われて叫んだのではなくて時雨達と同じ境遇のエルフに転生した同級生が出した交換条件を呑んで実行に移したらしい。

 それを聞いて一同は安堵すると、知り合いがそんな目に遭わされていたのなら気分が悪い。

 時雨の前世にいた世界も魔物の脅威に怯えて暮らす地方の村や町は数多く存在し、魔物の襲撃で村一つ消えてしまったと言う話は珍しくなかった。


 それでもキャスティルの怒りは収まらず、仮にも騎士だった身分なら誇りを持てと説教が続いた。


『はいはい、そこまでです。後はこちらで注意しておきますので、通信切りますよ』


『おい! まだ話は終わって……』


 ミュースは懐からスマホを取り出して画面を操作すると、キャスティルとの通話は強制的に終了した。

 本来は特定の人間に神の啓示として使用する通信手段だったが、キャスティルが上層部の許可を得て、お手軽にスマホのアプリで起動できるように改造したらしい。


「いいんですか?」


「あのまま喋らせていたら、延々と説教が続いて敵いませんからね」


 時雨が心配そうに訊ねると、ミュースはテーブルのピザを一枚摘みながら答える。

 女子三人に囲まれたシェーナは洋服の趣味や美容のためにどんな化粧品を使っているのか質問攻めにあって人気者だ。

 困惑した顔のシェーナを横目に、ミュースはクスっと笑ってしまう。


「シェーナさんから聞きましたよ。昨日は銭湯へ行ってそのまま宿を提供して下さってありがとうございます」


「いえ、キャスティルさんには家庭教師でお世話になっていますからね」


「本当は私のアパートで置いておきたいところですが、契約は見直されず駄目でした」


 女神二人に対して、ミュースは感謝の言葉を時雨に送る。

 時雨としては有意義な時間を過ごせたと思っているので、逆にこちらが感謝しているぐらいだ。

 アパートも簡単には契約を変更させる事ができず、苦心しているようだ。


「でも、契約が見直されないで正解でした。あまり意識していなかったのですが、上司と部下を一つ屋根の下に住まわせるのはシェーナさんにとって精神衛生上よろしくないでしょうからね」


 ミュースの言いたい事は分かる。

 会社の慰安旅行で上司と部下が一緒に寝泊まりするのとは違って、毎週こちらの世界へ訪れた際は上司のミュースやキャスティルと同じ空間で寝食を共にするのだ。

 美女の女神と寝泊まりできるのなら悪い話ではないなと時雨は思うが、それは口にしないでおく。


「そこで相談ですが、シェーナさんを時雨さん達の家に預けて頂けませんでしょうか?」


「シェーナを家にですか」


「ええ、正確には女神の見習い使用期間でこの世界には週二日間の滞在ですので、週一日宿を提供してくれたら助かります」


 シェーナ一人を毎週カプセルホテルや漫画喫茶を宿代わりにさせるのは忍びないので、それなら同じ境遇の人間で話し相手のいる時雨達にシェーナを預けた方が得策だとミュースは考えた。

 時雨としては歓迎したいところだが、自宅には両親も暮らしている。

 柚子も反対はしないだろうが、シェーナの素性を両親に語ったところで怪訝な目で見られて反対されるのがオチだ。

 それを聞いていた女子三人も興味を示した。

 紅葉も時雨と同様の理由で厳しい様子、加奈に至ってはそこに妹の優奈がいて加奈と一緒の部屋で毎週一夜を過ごすのは優奈の嫉妬心を焚き付けるだけでかなり厳しい様子。


「シェーナさんがよろしければ、私は全然構いませんよ」


 あっさりOKをしたのは凛であった。

 両親は仕事の都合で海外勤めであるので、咎める者はいない。

 一人暮らしの凛にとってシェーナは最高の話し相手だ。


「でも、元々俺は……」


 シェーナは一人称を『私』ではなく『俺』とすると、まだ女子三人に前世が男子高校生であった事実を伝えていない。

 それを隠したまま居候するのは凛の好意を裏切っている。

 シェーナの胸中は時雨も何となく察する事ができて、男子高校生だろうが態度を変えるような三人ではない。


「あの三人とは前世からの長い付き合いで私が男だった事を承知しているけど、今は同じ女子高に問題なく通っている。正体を明かしても平気だよ」


 時雨がそれとなくシェーナの耳元で囁いて後押しする。

 シェーナは考え込むように俯くと、しばらくすると決心して顔を上げた。

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