第233話 二人っきりの保健室
「出席取るぞ」
女子生徒達を上手くやり過ごせたかと思った矢先に、第二の試練が舞い降りる。
簡単な受け答えの返事ぐらいなら大丈夫かもしれないと思う反面、とんでもない地雷を踏んでしまうかもしれないと言う恐怖に駆られてしまう。
苗字は鏑木なので時雨の出席番号は若い。
順調に出席を取る担任に対して、時雨は冷や汗を掻きながら何か対処できないか思案する。
「金井……鏑木」
担任が時雨の名前を告げると、無言で小さく手を挙げる。
明らかに不審な態度を取る時雨に対して、ふざけていると勘違いした担任は呆れた声で注意する。
「こら、マスクを外してふざけていないでちゃんと返事をしろ」
ごもっともな意見だが、それでも時雨は首を横に振って拒否する。
物言えぬ時雨に加奈は席を立ち、代わりに弁明を図る。
「先生、時雨は風邪で喉の調子が悪いので勘弁してやって下さい」
「風邪……鏑木、本当なのか?」
加奈の言葉に耳を貸す担任は時雨に確認を取る。
時雨は加奈の援護に感謝しつつ、頷いて答える。
「中間テストも近いし、風邪で辛いなら保健室へ行って休んでいろ」
「それなら、私が保健室へ連れて行きます。私も今朝から少し調子が悪くて……」
担任が事情を理解すると、心配そうに声を掛けてくれた。
それに乗じて加奈も保健室で休もうと魂胆が窺えた。
「あー、分かった。二人は保健室へ行きなさい」
「どうもー。時雨、一緒に保健室へ行こう」
若干、テンションが上がったような感謝の声を上げると、加奈は時雨の手を引いて教室を出る。
気を取り直して担任は咳払いをすると、途中だった出席を再開する。
「先生! 僕も喉が調子悪いので保健室へ行ってきます」
「笹山、俺が聞く限りじゃあ、お前は普段と変わらん元気一杯の声だぞ」
「喉じゃなくて頭だったかな。とにかく保健室へ……」
担任は出席簿で軽く香の頭を小突くと、周囲の女子生徒達から「献身に旦那の後を追う嫁の鑑」と笑いの声が上がった。
二人は保健室の扉をノックすると、中には誰もいなかった。
一限目の始まるチャイムが鳴ると、とりあえず空いているベッドの上に座って二人はくつろぐ。
「皆が授業をまじめに受けている間、私達は柔らかいベッドで二人っきり。先生に注意されない非日常的なこの空間と背徳感はたまらないわね」
案の定、加奈は時雨を出しにしてサボりが目的だった。
助けてもらった恩もあるので全面的に非難もできず、複雑な心境である。
「ほらほら、辛気臭い顔しないで。ベッドで横になってリラックス」
加奈は時雨からマスクを取り外すと、消毒液の独特な匂いが鼻に入る。
ベッドのカーテンを閉め切って、二人だけの空間を作り上げると、加奈は懐に忍ばせていた手鏡を取り出す。
(まだ持ち歩いていたのか……)
この前、片桐にダークエルフ姿を目撃されて捕まったのに懲りていない様子だ。
「その顔はまだ手鏡を持ち歩いていたのかと呆れている様子ね。あの程度でへこたれる加奈様じゃないわよ。こんな状況は滅多にないし、時雨をたっぷり可愛がってあ・げ・る」
加奈はためらいもなく手鏡を使用すると、尖った長耳と褐色肌のダークエルフになり、サイズの小さい制服姿の彼女は官能的と認めざるを得ない。
はだけた制服が目に入ると、そのまま時雨をベッドに押し倒してしまう。
「声を上げちゃ駄目よ? お互い、この状況を誰かに見られたらアウト。さあ、極限まで楽しみましょ」
授業中の傍らで大胆な真似を展開する加奈に、時雨は何も言えずに生唾を飲んでしまう。
(神様、女神様……どうかお助けを)
この際、どんな女神様でもいい。
割と真剣に懇願するが、周囲に目立った反応はなかった。




