第231話 入団希望?
「今日の時雨ちゃんは積極的で嬉しいなぁ」
香は時雨の肩に寄り添うと、幸せそうな声で満足している。
現状、思っている以上の事を勝手に口にしてしまうので、迂闊に喋る事もままならない。
おそらく手鏡みたいに効果を打ち消す方法はあるのだろうが、それが何なのか見当も付かない。効果が切れるまで言葉を喋らず、今日一日は大人しくしているのが身の為だ。
時雨は鞄から手帳を取り出して、香と筆談を試みる。
『私は今、女神様のアイテムの効果で思っている以上の事を口が勝手に動いて喋ってしまう』
そっと香の肩を叩いて簡潔に書かれた文面を見せる。
これで今までの誤解も解けるだろうと安心した矢先に、香は意地悪な笑みを浮かべる。
「それは面白そうだね。例えば、今時雨ちゃんにエッチな誘惑をしたらどんな反応が返ってくるのかなぁ?」
香の両手がいやらしい手付きをすると、大げさに首を横に振って壁際に追い詰められてしまう。今まで喋った台詞を振り返ると、ここで拒否するような事を口にしたらとても声に出せないような台詞に自動変換されてしまうのは安易に想像が付く。
二人の様子を登校途中の女子生徒達の目に止まり、「安定の百合カップルねぇ」、「あら~」等の声が時折聞こえてくる。
「二人共、おはよう。あんた等は今日も仲が良さそうねぇ」
自転車に乗ってヘルメット姿の加奈が二人の間に入って、朝の挨拶を交わす。
「もう!? 加奈は空気読まずに変なタイミングで現れるんだから」
香は良いところを邪魔されて顔を膨らませると、おじゃま虫の友人の登場にご機嫌斜めになる。
とりあえず、加奈にも現状を伝えるために同じ文面の手帳を提示する。
すると、加奈は怪訝そうな顔で確認する。
「本当?」
時雨は軽く頷いて答える。
「普段から私に悪戯されているから、仕返しに二人はドッキリでも仕掛けているってオチじゃない?」
そんな訳ないよと思わず口にしてしまいそうになると、時雨は必死に両手で口を押えようとするが勝手に口が動いてしまう。
「夜を照らす月の輝きの如く美しい加奈に対して、私とマイスイートハニーがそんな無粋な真似をする筈がない!」
高らかな声で恥ずかしい台詞を言い終えると、周囲の女子生徒達はぎょっとした表情でこちらを窺っている。
香はマイスイートハニーの謳い文句が気に入ったのか、喜んではしゃいでいる始末。
そして加奈に至っては時雨が手帳に記した内容が本当であると身を以って体験する。
「……劇団四季や宝塚歌劇団に入団希望って訳じゃないよね?」
時雨は加奈の問いに対して大きく頷く。
「それも悪くないかも……入団したら毎日お芝居見に行くよ!」
「こらこら、香は相変わらず呑気ねぇ。状況は分かったから、とりあえず一旦学校へ向かうのは止めて、ドラッグストアへ行くわよ」
香に自転車を預けて加奈は時雨の手を引いて歩き出す。
普段は悪戯好きな彼女だが、魔法具に関する対処方法等は加奈が一番精通しているし頼りになる。
二人は通学路を逆走すると、駅前のドラッグストアへ入店する。




