第230話 飴玉
翌日、目が覚めると既にシェーナは姿を消してどこにもいなかった。
机の上に置手紙を見つけると、お礼の言葉が綴られていた。
『宿を提供してくれてありがとう。今度は一緒にご飯でも食べながらゆっくり過ごそうぜ!』
シェーナらしい文面だなと思いながら、時雨も心の中で「勿論だ」と友人に語り掛ける。
「これは飴玉か?」
置手紙の横に見覚えのない小さな包み紙があるのに気付いた。
無造作に手にすると包み紙の中には球体で固い物が入っている。
察するに飴玉だと思われる。
置手紙にはまだ続きの文面が残っていた。
『PS 昨日の風呂勝負でキャスティルさんが褒美として飴玉を用意したよ』
結果的には幸いにも時雨達以外に客は現れず、シェーナとキャスティルは途中サウナへ場所を移し、一人銭湯の湯で温まった時雨は勝利をもぎ取った。
シェーナがのぼせて介抱するのに大変だったので罰ゲームや褒美の件をすっかり忘れていた。
こう言っては罰が当たるかもしれないが、女神様の褒美が飴玉とは随分と安上がりだなと思ってしまう。
(有り難く頂戴しよう……)
時雨は包み紙を破って飴玉を口にすると、甘いイチゴ味の風味が広がる。
髪をとかして制服に着替え、いつも通り家を出ると玄関前には幼馴染の香が待っていてくれた。
「時雨ちゃん!? おはよう」
元気な朝の挨拶もそこそこ交わすと、香はいきなり時雨に抱きつく。
時雨の顔に香の柔らかい胸が視界を遮ると、朝からドキドキさせられてしまう。
「昨日は時雨ちゃんが僕と叔父さんがいけない関係だと勘違いしていたけど、僕は時雨ちゃん一筋だからね!?」
香は決意表明をアピールするが、時雨はもがもがと抵抗しながらやっとの思いで解放される。
悪気がないのは分かっているのだが、毎度抱きつかれては身体が沸騰してしまいそうだ。
時雨は軽く注意を促そうと口を開くと、口全体に妙な違和感を覚える。
「私も香ちゃんの心中は察しているよ!? 太陽のように眩しく、私を照らしてくれる香ちゃんは大好きだよ」
キザな台詞を噛まないで言い切ると、自身の言葉に絶句してしまう。
まるで口を勝手に動かされて喋らされている感覚だ。
「そんな太陽だなんて……とても嬉しいな。時雨ちゃんの心をもっと温かくできるように頑張るよ!」
首を横に振って今の言葉は自分の者ではないと伝えるが、香は顔を赤く染めて受け入れてしまっている。
むしろ、妙なスイッチを入れてしまう結果となってしまった。
「その意気だよ。私のマイスイートハニー!」
また口が勝手に動くと、普段は絶対に言わない台詞を吐いてしまう。
(どうしてこんな事に……)
思い当たる節を考えると、あの褒美でくれた飴玉が怪しい事に気付く。
ミュースの手鏡は魔法具の類であるし、あの飴玉も魔法具の類ならこの奇妙な状態に納得はいく。
玄関前でいちゃついていると、鞄をぶら下げて私服姿の柚子が玄関扉から出て来て二人の様子を目撃してしまう。
「若者は朝からお盛んねぇ。遅刻しないで学校へは行くのよ」
注意する訳でもなく感心した声で通り過ぎると、柚子はそのまま大学へ向かう。
とりあえず、手を繋いで時雨達も通学のために駅へ向かうと、波乱な一日が幕を開けた。




