第227話 女神とお風呂③
「あの……お背中流しますよ」
「おう、よろしく頼む」
拒否されるかと思ったが、あっさりOKをもらえた。
よそよそしい態度でキャスティルの背中に回る時雨は自分に与えられた役目を果たそうと努力する。
(これは凄いな……)
今まで直視していなかったので気付かなかったが、キャスティルの背中には生々しい傷跡が数え切れないほどある。
まるで幾多の戦場を駆け抜けてきた猛者である証と言わんばかりだ。
時雨は今まで触れてこなかったが、興味本位で彼女について訊ねてみる。
「キャスティルさんは女神に登用される前、どんな人だったのですか?」
「何でそんな事を知りたがる?」
「いや……キャスティルさんやミュースさんは美しい女神なので、女神に登用される前はどんな人柄だったのかなぁと思いまして」
「ふっ……美しい女神か。私の前でそんなキザな台詞を吐く奴は大抵ロクでもない連中だったが、お前はどうだろうな」
キャスティルは時雨を睨むように凝視する。
彼女の凄味に圧されて一瞬言葉を詰まらせたが、脳裏でシェーナのためにも時間稼ぎをしないといけない思いもあって、どうにか取り繕う。
「まあいい。私の背中を流してくれる礼だと思って話してやるよ」
「あ……ありがとうございます」
時雨は背中を流しながら礼を述べて、彼女の昔話に耳を傾ける。
「私の生まれた世界は今の地球と似たような環境下だったが、戦争が絶えないところだった。両親は私が物心付く頃に流行り病で他界して親戚の家をたらい回しされたが、それが嫌で家を飛び出した。しばらく路頭で盗みを働いてその場凌ぎの暮らしをしていたが、軍の連中に捕まってそのまま少年兵として訓練を積まされた。そこでの暮らしは訓練で成績な優秀を収められればまともな食事にもありつけられたし、幸いにも私は戦士としての素質があった。武器の取り扱い方から戦士としての教養を全て学び、戦場へ駆り出されて敵を数え切れないほどこの手で始末して、敵味方の屍を踏み越えた。その功績が認められて、女神から登用の誘いがあった訳だよ。もう数十万年前の遠い過去の話さ」
彼女の壮絶な過去を最後まで聞くと、やはり女神に選出されるような人物は並大抵の人生を歩んでいないなと改めて痛感する。
最初は武勲を挙げた立派な証として自慢できる代物かと思っていたが、彼女の言葉からは自責の念があるように感じ取れた。
(興味本位で聞くような話じゃなかったな……)
時雨は彼女の背中を丁寧に流すと、彼女の傷痕を見る目が変わった。
ミュースやシェーナもきっと時雨の知らない一面はあるのだろう。
「つまらん話をしてしまったな。次はお前の背中を流してやるから交代するぞ」
「わ……私は大丈夫ですよ!?」
「いいから遠慮するな。美しい女神様が背中を流してやるから、じっとしていろ。ついでにサウナで温まっている悪知恵見習い女神もな」
「……気付いていたんですか」
「子供のやる事は何でもお見通しだ」
敵わないな。
時雨は交代して背中を差し出すと、彼女の柔らかい手が心地よい。
シェーナがサウナに入って五分経過すると、そっと顔を出して周囲を警戒。
「サウナは気持ち良かったか?」
「ひゃっ!?」
シェーナに気付かれないようにキャスティルは背後から声を掛けると、思わず裏返った声で叫んでしまう。
「えっと……気持ち良かったです」
「ほぉ、それなら私もサウナで気持ち良くなりたいから今度は一緒に気持ち良くなろうぜ」
キャスティルはシェーナの肩を掴むと、再びサウナへ直行する形となってしまった。
シェーナは助けを求めるような顔を時雨に向けるが、時雨は申し訳なさそうに新米女神の無事を祈る事しかできなかった。




