第224話 恋バナ②
「しょうがない。じゃあ、俺から発表しようかな。本当は写真の一枚でもあればいいのだが、生憎そんな物はない。少し話は長くなるけど、俺の身の上とその娘と出会うまでの話をしようか」
時雨が尻込みしていると、シェーナは天井を見上げて語り出した。
「俺は下級貴族の娘として生まれ、それなりに不自由ない暮らしをさせてもらっていた。派手な衣装を纏って社交界デビューもしたが、正直前世が男だった記憶のある俺にとって苦痛だった。それが嫌で家を飛び出し、騎士として登用されてから順調に出世もしたが、女癖の悪い上司の騎士団長に目を付けられたのが不運だった。騎士団長は侯爵家の貴族で私のような下級貴族にセクハラ紛いな事は日常茶飯事で訴える事もできなかった」
「そいつは酷いな。貴族や騎士である前に人間としてクズだな」
時雨は黙ってシェーナの話を聞いていると、握り拳を作って静かな怒りが湧いて来る。
シェーナも壮絶な人生を歩んで来たようだ。
時雨も凛を通して前世で貴族社会をこの目で見て来たので理不尽な現場を目撃した事は多々ある。
侯爵家の貴族相手では下手に訴えたところで自分の首を絞めるどころか、その家族まで迷惑が掛かるシェーナの気持ちは痛いほど理解できる。
「話の腰を折って熱くなってすまない。続きを話してくれ」
「ふふっ、真剣に聞いてくれてありがとう。俺はしばらく我慢していたが、結婚の話を持ち出されてしまった時はもう騎士として居場所がないと思った。あんな男と結婚してベッドの相手をすると考えたら目の前の景色が真っ暗になって自殺も脳裏に浮かんだ程だよ。必死になって結婚を回避して家族にも迷惑が掛からない方法として出奔を決意した。俺の部下には遠征中に魔物と遭遇して果敢に挑み戦死したと報告するように頼んで後腐れなく国を捨てた。少ない路銀を頼りにどんな人種でも受け入れる自由都市を目指して第二の人生を歩もうと試みると、そこで前世の親友であるダークエルフと再会した。十数年ぶりに再会した親友と料理屋の経営を始めると、幸いにも店は軌道に乗って繁盛していった。そして、ある時敵国の人間だった暗黒騎士の女性が傷だらけで店の裏手に流れ着いた」
そこで出会った暗黒騎士の女性と次第に恋仲に発展し、現在は自由都市の料理屋でシェーナと働いている。
剣の腕前はたしかなようで、素直で熱くなる性格の持ち主だとシェーナは話を締め括る。
週二日は女神の活動、残りの五日は人間として活動する契約を結んだシェーナは明後日には異世界へ一旦戻る予定らしい。
自分の帰りを待ってくれる最愛の人がいるなんて羨ましい限りだ。
「よし、次は時雨の番だぞ」
「あ……ああ、分かっているよ」
順番が時雨に回って来ると、せっかく良い話を聞いたばかりなのに、一気に現実へ引き戻される。
さて、どうしたものか。
正直言うと、シェーナの話を聞いた後では自身の恋バナを語るのはさらに気恥ずかしくなる。
「さあさあ、観念して話したまえ」
ニヤついて意地悪そうな顔をするシェーナに迫られる。
観念して話すかと思った時――。
自室の扉が乱暴に開かれた。
「お前等、風呂入りに行くぞ」
キャスティルが風呂の誘いをすると、まだ返答も返さない内に時雨とシェーナを立たせて支度を整えさせた。




