第223話 恋バナ
シェーナを残してキャスティルは柚子の部屋を寝床にするために再び足を伸ばす。
最初の内は騒がしい声が壁越しから聞こえてくると、次第に打ち解けて笑い声が頻繁に聞こえてくる。
シェーナは改まってベッドの上に正座すると、覚悟を決めた台詞を吐く。
「無理を言ってすまない。その……宿賃もないし、約束通りこの身を好きにしてくれ!?」
「いやいや、あんな条件を鵜呑みにしないで下さい」
時雨は大げさに拒否する。
一夜宿代わりに泊めるだけで身を捧げていては身体が幾つあっても足りない。
それに健全な騎士道精神を持ち合わせている時雨は最初から善意で泊めるつもりなので、見返りを求めたりはしない。
来客用の布団を敷いてシェーナの寝床を用意しながら誓いを立てる。
「私も元騎士だったので、絶対に変な事はしないのでご安心を」
「……君は優しいのだな」
「今頃知ったのですか? 鈍感な女神様だなぁ」
「ははっ、これは失敬」
お互い笑みを浮かべると、こちらも打ち解ける。
シェーナと対面した初見の印象は目に見えぬ心の壁を作って距離を置いていたように窺えた。好きな食べ物、音楽、スポーツ等々の話題に触れると、まるで男子高校生と喋っているような感覚で話が盛り上がる。
「その時、俺は渾身の勢いでシュートしたけどゴールポストに当たって試合終了さ」
「へぇ、それは惜しかったね」
前世の高校生時代にはサッカー部でレギュラーとして活躍していたらしいが、残念ながら女性関係はさっぱりだったらしい。
時雨も騎士を務めていた時代はシェーナと同じような境遇だったので、深く頷いてしまう。
いつの間にかシェーナの一人称は『私』から『俺』に変化しているのに気付くと、どうやら心の壁は完全に消え去ったようだ。
「時雨は好きな人はいるのか?」
話題は恋バナに移行すると、シェーナは苦手な分野を責めてくる。
「私は……まあ、一応いるって感じかな」
「おー、誰だよ」
時雨は曖昧な返事をすると。シェーナは目を輝かせて喰い付きがよさそうに反応する。
ここでいないと答えたら今までの経験上、絶対に嘘だと茶化されるだろうし、それなら背伸びしてでもいると答えて面子を保つ方が幾分マシだ。
「シェーナが先に教えてくれたら答えてもいいよ」
「えー、ズルイぞ。元騎士としてそれは如何なものかと思うぞ」
騎士の称号が裏目に出てしまった。
現在、時雨の好きな人は何人か候補がいる。
文武両道、才色兼備で女子生徒達の憧れの的である凛、師であり騎士道を叩き込んでくれた紅葉、可愛らしい幼馴染の女の子で前世が実弟だった香、そして脳裏にダークエルフの友人が脳裏に浮かんだ。




