第220話 パワースポット
私服に着替えて机に座らされると、その隣でシェーナも参考書を広げる。
「お前も半神なら、これぐらいの問題は解けるようにしておけ」
キャスティルはシェーナにも時雨と同じ問題を解かせようとする。
事情を聞くと、どうやらシェーナは前世で男子高校生だったようで不運な飛行機事故に見舞われて今のシェーナ・ウラバルトに転生したらしい。
女神の仕事を遂行するには、最低限の基礎学力を修めてもらいたいようで、しばらくは学業に励んでもらう指針だ。
時雨は用意された問題を解きながら、横目でシェーナをチラ見すると、ペンの動きは鈍い。
元々、男子高校生だった経歴のあるシェーナだが、中世時代の異世界で十数年も過ごしたのだからブランクは大きいようだ。
「その問題はここの公式を使ってみろ」
シェーナのフォローにキャスティルが徹すると、言動や行動にやや問題のある女神だが、今のその姿は面倒見の良い姉後肌のお姉さんに相応しい。
徐々にペンの動きも軽快になっていくと、どうやら大丈夫そうだ。
時雨も自分の問題に集中すると、自室の扉がそっと開けられる。
「またお前か」
それに気付いたキャスティルは扉を開けた人物に思わず溜息を漏らす。
「あっ、今日も知らない女を連れて来ている」
存在に気付かれると、勢いよく自室に飛び込んで大学の講義を終えて帰って来た柚子だ。
意味深な発言ではあるが、間違っていないだけに対応に苦慮してしまう。
明らかに嫌な顔で柚子を一瞥すると、無視してシェーナの面倒を見る。
「おやおや、凄い美人な人じゃない」
「ど……どうも」
柚子はお構いなく上がり込んでシェーナの肩を揉むと、肩に掛かっているサラサラな銀色の長髪を触って羨ましい声を上げる。
シェーナは困惑しながら顔を赤く染めると、やっぱり根本的な性格の部分は時雨と似ているなと共感を覚えてしまう。
「うるせえぞ! 部外者はさっさと部屋から出ろ」
「一応、この家の住人なんですけどね」
どちらも尤もな意見なのだが、とりあえずこの場の軍配はキャスティルに分がある。
後で柚子には事情を簡単に説明するとして、時雨は柚子を部屋の外へと連れ出す。
「勉強の邪魔だから、お姉ちゃんは自分の部屋に戻ってよ」
「そんなケチな事言わないで、お姉ちゃんも混ぜてよ。勉強なら私が色々と教えてあ・げ・る」
「間に合っているので、結構です」
柚子の意味深な言葉が廊下に響き渡ると、時雨は自室の扉を閉めて鍵を掛ける。
そんなやり取りを見ていたシェーナは思わず笑みがこぼれると、申し訳なさそうに時雨は謝る。
「賑やかな姉ですみません」
「優しいお姉さんですね。私も転生先に姉が二人いて、あんな風に一緒に暮らしていたのを思い出してしまいました」
たしかシェーナの転生先は貴族の生まれだったとキャスティルは語っていたが、我が家と貴族を天秤にかけたところで釣り合う訳がない。
時雨も前世で凛の警護に当たっていた際に貴族を目にする機会は何度かあった。
紅葉のような貴族の枠組みから外れて女騎士として名声を手に入れた例外もあるが、大抵は気品溢れる優雅な立ち振る舞いの人物であったのを覚えている。
諦め切れずに自室の扉を叩いていた柚子は部屋の中にいる時雨達に聞こえる声量で独り言を呟く。
「やれやれ……お姉ちゃんも嫌われちゃったなぁ。それにしても時雨の部屋には美人な女性が集まるパワースポットでも備わっているのかしら」
本物の女神が行き来するようになったのだから、時雨の知らないところで意外とパワースポットみたいな物は生まれていても不思議ではない。
御利益があれば、香や加奈も遠慮なく立ち寄るだろうし、そんな噂が広まれば学校中の女子生徒達がご相伴に預かりたいと願って殺到するかもしれない。
(自室がハーレムランドになりそうだよ……)
そうなれば、また学校中で注目の的になる。
できる事なら、そんなパワースポットより新しいパソコンを買って趣味のボカロ曲を楽しみたいと時雨は願う。




