第21話 不可抗力
翌日、普段通りに学校へ登校すると体育館で朝礼が始まろうとしていた。
小学生の頃、学年毎に整列する光景はとても新鮮で前世の士官学校時代を彷彿とさせた。
今では当たり前に整列をこなして、時雨は周囲の生徒と雑談を交えていた。
「時雨画伯、おはよう。実憂が彼氏と昨日遊園地行ったらしくて、私も彼氏欲しいよぉ。時雨、イケメンな男がいたら紹介してよ」
「その呼び名はもう勘弁してよ。それに加奈は可愛いから、彼氏はすぐ見つかるよ」
時雨にせがむ彼女の名前は山下加奈。
中学生時代からの友人で、香に次いで付き合いは長い。
背丈も時雨と変わらず、栗毛色の短髪が特徴的で可愛らしいと思うのだが、彼氏とは長続きしない傾向にある。
「私に男運がもう少しあればなぁ。その点、女運は恵まれていると思うよ。何なら時雨が私の彼氏になってよ」
「それはちょっと……」
時雨は言葉を詰まらせると、背後から視線を感じた。
加奈もそれを察知したのか、振り返って見ると香が立ち尽くしていた。
「おっす、香。そんな怖い顔してどうしたの?」
爽やかな笑顔を向ける加奈だが、香は頬を膨らませて時雨をお気に入りのぬいぐるみを抱き締めるような感じで対抗する。
「時雨も急にそんな事を言われたら困っちゃうし、加奈には相応しい彼氏ができると思うよ」
「う……うん。ご忠告は有難いけど、時雨が息できてるか心配かも」
不本意にも、時雨は香の胸に顔をうずめる形になっている。
加奈が時雨を指差して、香は冷静さを取り戻すと、両手を離してようやく解放される。
時雨は顔を真っ赤にして俯くと、頭が真っ白になって放心状態である。
「時雨には幼馴染で運命の彼氏と言う名の彼女がいたか」
加奈は一人納得して諦めると、校長が壇上に立って周囲は静まり返った。
香は元の列に戻って、時雨と加奈も壇上に視線を移して校長の話は始まったが、悶々とした気持ちが時雨を支配して、全く校長の話が耳に入らない。
(香の馬鹿……私は元々男だったんだぞ)
前世で真面目な騎士だった時雨にとって、不可抗力とは言え女性の胸を触るどころかうずめる体験は刺激的な出来事だった。
紳士の心構えを忘れまいと、時雨は邪な心を捨てて女子生徒達の着替え等はなるべく見ないように心掛けている。
そんな事情を知らない香や加奈とは中学時代に修学旅行で一緒の部屋割りで、大浴場のお風呂で一緒に入った時は目のやり場に困った事を記憶している。
高校に入ってからも、修学旅行の行事はきっとあるだろうから、気が抜けない。
校長の話が滞りなく終わると、最後に春の高校大会に出場した剣道部に対して表彰式が執り行われる。
剣道部は凛が所属する部活なので、時雨の意識は現実に戻された。
団体戦は残念ながら力及ばすの結果だったが、個人戦では凛が優秀な成績を収める結果を残した。
壇上に凛の名前が呼ばれると、校長から表彰を受け取って生徒達から惜しみない拍手が送られる。
凛は一礼して壇上から去る姿は誇らしげに見えたが、時雨だけはどこか寂し気な様子が窺えた。




