第207話 招かれざる訪問者
食器の後片付けを手伝った後、時雨はテスト勉強を口実に夜食のおにぎりを作ってキャスティルが待つ自室へ戻る。
「すみません、お待たせしました。私が作ったおにぎりですが、よろしければ召し上がって下さい」
「別に気を遣わせるつもりはなかったんだがな。後で食べさせてもらおう」
キャスティルは時雨を席に着かせると、机には教科書の他に問題集のプリントが置かれていた。
よく見ると、教科書やプリントに青、黄、赤色の付箋が貼られているのに気付いた。
「テストまであまり時間がないので、手短に進めていく。まずは青の付箋が貼られている箇所は基礎問題、教科書の例文に則って解けるレベルだ。ここを重点的に解いて頭に叩き込んでもらうぞ」
「なるほど、分かりました。黄色と赤色の付箋はどんな意味があるのですか?」
「青色の付箋がしている問題を全部解けたら教えてやるよ。まずは自力で解いてみろ」
意外と家庭教師らしい対応をしてくれて、時雨は気を引き締めて取り掛かる。
クレープやたこ焼きの件で家庭教師らしい振る舞いは期待してなかったのが本音で、内心何をされるか不安であった。
「パソコン使わせてもらってもいいか?」
「ええ、どうぞ」
問題を解きながら時雨は返事をすると、キャスティルはパソコン画面を開いて、お互いしばらく口を閉じて沈黙が続く。パソコン操作をしながら、時雨が作ったおにぎりを無造作に手に取って口にすると、ヘッドフォンを装着して時雨のお気に入りボカロ曲を聴き始めた。
険しい表情を浮かべるキャスティルはボカロ曲に馴染みがないようで、一、二曲聴いている内に表情も段々和やかに変化する。
「時雨、一緒にお風呂入ろうよ」
突然、ノックもせずにお風呂の誘いに自室へ入って来たのは柚子だ。
招かれざる訪問者に時雨は一瞬思考が停止してしまうと、この状況は嫌なデジャヴが蘇る。
「そちらの方はどなたかしら? ダークエルフの加奈ちゃんじゃないし、まさか本当にデリヘル嬢を!?」
「こ……この人は学校の非常勤講師でお世話になっている人だよ!? お姉ちゃんが想像しているのと違うからね」
「ふーん、そうなんだ」
明らかに時雨の言い訳を信じておらず、加奈の前例もあるので怪しんでいる。
咄嗟に嘘を付いてしまったが、自身や加奈の正体を知られているし、柚子も転生者として関わっているのならキャスティルの正体も喋っていいかもしれない。
「ああ、お前もリストにあった例の転生者か」
キャスティルが鋭い目付きで柚子をじろじろ見渡すと、彼女の圧に耐え切れず柚子は一歩引き下がる。
そして時雨と柚子を交互に見比べて、顎に手を当てながら頷く。
「偶然か必然か分からないが、魂の結び付きによるものなのか。運命の女神である私もお手上げだ」
感慨深く観察するキャスティルに柚子はたじろいでしまうと、時雨に小声で助けを求める。
「この人、加奈ちゃんみたいな転生者だよね?」
「転生者ではないけど、それに深く関わっている人……じゃなくて女神様だよ」
とりあえず、柚子をベッドの上に座らせて順を追って時雨は柚子も時雨達同様に転生者である事実の部分を除いてキャスティルやミュースの事を語り始めた。
「へぇ、ついに我が家に女神様が降臨なされたか。確認だけど、新手の新興宗教で女神様の神通力が宿っている水やお札を売るために現れたヤバイ人じゃないんだよね?」
「それは違うから安心していいよ」
柚子の反応は当然と言えば仕方ないが、キャスティルの見た目は女神とは程遠い。目付きの鋭さや言動から、本当はドラマ等に登場する極道の妻なのではないかと色々疑いの目を向けてしまう。
「おい、全部聞こえているぞ。私のような仕事に実直な女神様を何だと思ってやがる」
「まあまあ、落ち着いて。事情は一応理解しましたが、女神様なら頭が良くなる魔法とかできないんですか?」
「そんな都合の良い魔法があるか。知識とは誰かに与えられて知った風になっただけでは意味がない。楽ばかりして本質を捉えないとロクな大人にならんぞ」
上位の女神らしい説得力のある言葉だ。
時雨もそんな魔法があれば、テスト勉強も苦労せずにこれからの高校生活は安泰だと思えたが、魔法の効力に甘んじて勉学を疎かにしてしまうかもしれない。
もしかしたら、女神達が人前で魔法を使用しないのは騒ぎになるのとは別に人間達に過度な期待をさせないためなのかもしれない。
「理解してもらえたなら、風呂は先に一人で入れ」
「えっ、まだ聞きたい事が……」
キャスティルは自室から柚子を追い出すと、階下にいる両親には自身の存在を喋るなと念押しする。
まだ何か言いたい様子だった柚子は諦めて一人風呂場へ向かう。
再びキャスティルと二人っきりになった時雨は先程解いていた問題を解き始める。




