第204話 家庭教師
夕方、陽も落ち始めると並木道の街灯が明るく照らし始めた。
結局、時雨達以外に客の姿は数えるぐらいしか現れず、今日の営業は終了する。
「あの……余計なお世話かもしれませんが、ここはあまり人の往来が少ないですし、駅前とかで移動して商売なさってはどうでしょうか?」
あまり商売に関して口を出すつもりはなかったが、素人考えで普段人通りの少ない並木道より人の往来が激しい駅前に移動した方が儲かりそうな気がする。
「駅前は許可が取れないんですよ。まあ、我々がここにいるのも時雨さん達の監視・観察が目的ですし、この商売も道楽で始めたので儲けはあまり気にしていません」
あくまで商売は二の次で時雨達の動向を見守るのが本命のようだ。
利益の殆どは家賃と駐車場代で消えるらしく、それ以外に必要な経費は上層部に申請しているらしい。
「あくまで店を開いているのは女神の身分を誤魔化すための手段だ。私はあんな陰気臭いアパートより煌びやかなマンションを借りて投資家を名乗った方が楽だと提案したんだがな」
新しい煙草を近くの自販機から調達して、キャスティルは不満気に語る。
「煌びやかなマンションを借りるにしても、毎月の家賃は払えますか?」
女神に対して金銭の心配をするのは野暮な感じだと思うが、時雨は一応訊ねてみる。
「自費で払う訳ないだろ。そんなもんは全て経費で落とす」
何とも清々しい回答だ。
元々、キャスティルは高位の女神らしいので本当に経費で賄う算段なのだろう。
「まさか、その煙草も?」
「当たり前だ。私のような徳がある女神なら煙草も福利厚生費で処理できるのさ」
加奈が煙草を指差して訊ねると、予想が的中してしまった。
そもそも、徳のある女神は煙草を吸わないような気がするが、人間視点の時雨が抱いている勝手なイメージなのだろうか。
「言い忘れていましたけど、キャスティルが今まで申請した領収書は経費で落ちませんからね」
「はっ? お前にそこまでの権限はないだろ」
「ミール様が貴女を私の下に置いたと同時にあらゆる権限も一時的に消失しています」
ミュースが呆れた口で釘を刺すと、キャスティルは納得していない様子だ。
「経費で吸える煙草だから美味いのに、自費で吸う煙草なんて美味くもねえよ!」
「そんなの私は知りませんよ。今後は今までのような経費の使い方はできませんので、少しは反省して下さい」
行き場のない怒りを拳で地面を叩くと、こればかりは自業自得のような気がして同情の余地がない。
「それより、時雨さん達は中間テストも近いですし、ここは一つキャスティルに働いてもらいましょう」
「働くだと?」
「中間テストが終わるまでの期間、私は加奈さん、キャスティルは時雨さんの勉強を面倒見て下さい」
ミュースがキャスティルに命じると、時雨達に家庭教師を買って出た。
ありがたい心遣いではあるが、今までの経緯を辿ると不安しかない。
「時雨さんに気絶させるようなたこ焼きを食べさせたりと前科がありますよね? 生死を彷徨わせる真似をして、そのまま知らん顔を貫き通すのは女神としてどうかと思いますよ」
「ちっ……分かったよ」
ミュースが畳み掛けて説得に応じると、小さく舌打ちをしてキャスティルは了承する。
(私達に拒否権がないような……)
女神達の決定が下されると、時雨と加奈は互いに目を合わせて半分諦める形で受け入れる事にする。




