第203話 女神のイメージ像
舌はまだ痺れているが、ミュースが介抱してくれたおかげで随分楽になった。
時雨が自販機のミネラルウォーターで喉を潤すと、二人の女神は加奈に自己紹介を始める。
「私はこういう者です」
ミュースは以前時雨に渡した胡散臭い部署と肩書きが記載された名刺を差し出す。
加奈は名刺とミュースを見比べると、明らかに不審者を見る目だ。
「ちょっと、時雨」
「何となくだけど、言いたい事は分かるよ」
割と現実主義な加奈は二人の女神を新手のキャッチセールス、詐欺グループ等と勘違いしているのだろう。
白昼堂々とクレープ屋に扮して客商売をしている者を女神と結び付けるのは超能力者やそれこそ神様でもない限り見抜く事は不可能だ。
「私は運命の女神キャスティルだ」
鋭い目付きで煙草を咥えながら挨拶するキャスティルに加奈は思わず時雨の背中に隠れてしまう。敵意は感じられないが、キャスティルの凄味に圧されて苦手意識が芽生えているのが窺える。
「ふん、別に取って食ったりしねぇよ。ダークエルフは狡猾でエロい種族だが、強者に媚びるところがあって嫌いだ」
元々、諜報活動が得意なダークエルフは他人を欺く狡猾さが自然と身に付いてしまうのだろう。たしかに加奈のダークエルフ姿は男性視点からすれば魅力的な女性に映るだろうし、悔しいがエロい。テストが近くなると、担任や他教科の先生に媚びを売ってご機嫌を窺うところもあるので、これは調子のいい加奈の性格に起因していると思っていたが、もしかしたら前世で培ったダークエルフの習性なのかもしれない。
「女神様って、こんな感じではありませんか?」
加奈は鞄からノートを一冊取り出すと、ササっと鉛筆で筆を下ろす。
そこには複数の子供が裸で宙を舞っている天使と、中央に薄布の纏った女性が後光を放っている女神が慈愛に溢れた様子で微笑ましい表情を浮かべている。
絵画等に登場する天使と女神の特徴を良く掴んでいるなと時雨はその出来栄えに感心してしまう。
だが、二人の女神は顔を見合わせて苦笑いを浮かべるミュースとキャスティルに至ってはドン引きしている。
「まあ……女神は至高の存在ですし、神秘性があって良いと思いますよ」
加奈の抱いている純真な気持ちを踏みにじらないために、ミュースは無難な回答を示す。
変な気を遣わせてしまって、逆に申し訳ない気持ちになってしまう。
「お前等、こんな年端もいかない裸のショタ達に囲まれて痴女のような格好して喜んでいる女神がいるか!」
キャスティルは我慢ならずに煙草を捨てて怒声を浴びせる。
大多数の人間は加奈の描いた女神像に共感してしまうところだと思うが、張本人である女神達にとってはR指定に該当するようだ。
「いや、待てよ……たしか似たような格好で出歩いていた女神がいたな」
「ああ、思い出しました。女神の仕事に耐え切れずストレスを感じて、勝手に出歩いた彼女ですよ」
「そうだ! 規律を破ったあいつか」
二人の女神は心当たりがあると言うか面識かあるようだ。
怒りが収まらないキャスティルは新しい煙草を吸おうとするが、既に空箱となっている。
「今度帰還したら、あいつにじっくり尋問してやる」
恨み節を吐きながら、空箱を握り潰してしまう。
ここにはいない女神様に時雨はご愁傷様ですと思わずにはいられなかった。




