第20話 帰りの電車
甘い物は別腹だと言うが、まさにその通りである。
何曲も熱唱した後のスイーツは甘美に感じてしまう。
「あぁ……私はこの瞬間のために生まれてきたのかもしれない」
「ははっ、大げさだなぁ」
香はパンケーキを口に運んで至福のひとときを過ごしていると、その隣で時雨もパンケーキを口にしながら親友に笑いかける。
体重を気にする様子は吹っ飛んでしまったようで、香はパンケーキを頬張りながらデンモクを操作して選曲に取り掛かる。
それからしばらく二人で順番に歌うと、あっと言う間に夕刻を過ぎて退出する時間となった。
割り勘で会計を済ませると、二人は駅前の商店街を通り過ぎて駅の改札口に入って行った。
各駅停車の電車に乗り込むと、車内は比較的に空いていて並んで座席に着く事ができた。
香は時雨に寄り掛かると、嬉しそうな顔を向けて今日の出来事を振り返った。
「今日は楽しかったね。水着も可愛いのが買えたし、欲を言えば服も買いたかったかな」
「お小遣いがあまりなかったから、仕方ないよ」
一般家庭出身の二人にとって、お小遣いのやり繰りは必須事項である。
時雨は前世でシェラートの護衛に就く前は事務仕事として騎士達に配給される物資や運搬等の管理を担当していた。
その経験は転生後もしっかり役に立っているようで、小学生の頃からお年玉やお小遣いはノートにまとめて主婦顔負けの効率的な買い物ができていた。
姉の柚子はそんな時雨を「欲しい物はパァーと使っちゃいなさい」と散財を促したりして、子供の頃から大雑把な性格の持ち主だった。
香は財布の懐具合を確認すると、切ない気分になっていた。
「うーん……バイトでもしようかな」
二人の通う学校は学則がそこまで厳しくないので、アルバイトは禁止されていない。
現に時雨のクラスにも数名の生徒が放課後にアルバイトをしている。
「夏休みの海に向けて軍資金を増やしておきたいし、手軽で高収入なバイトがいいなぁ」
「そんな都合の良いバイトはないよ」
時雨は諭すように言うと、世の中そんなに甘くはないと時雨は思う。
楽に稼ぎたい香の気持ちも分からなくはないが、ここは元騎士としてはっきり述べておく。
「地道でそれなりの収入があるバイトにした方がいいよ。香の提示する条件は犯罪や詐欺に手を染める危険なものがあるかもしれないからね」
「ふふっ、冗談だから大丈夫よ。財布の中身を見て少し愚痴っただけだから、本気にしちゃ嫌よ」
「それならいいけど……」
「心配してくれてありがとう。時雨は優しいな」
香は膝の上にある時雨の手を添えると、感謝の言葉を送る。
小刻みに電車の揺れに身を任せていると、その内に香はうたた寝を始めて時雨の肩を枕代わりにして眠ってしまった。
(相変わらずだなぁ)
こういうところは身体が大きくなっても昔から全く変わらない。
時雨は下車する駅まで香を起こさないように、微笑ましい気持ちでじっと見守っていた。




