第197話 忠告
キャスティルが作ったクレープを美味しそうに頬張る香は可愛らしい女の子だ。
「時雨ちゃんも一口食べてみてよ」
「私はいいよ。ほら、ほっぺたにクリーム付いてるよ」
時雨は頬に付いたクリームをハンカチで拭ってあげる。
(身体は成長しても、こう言うところは子供のままだな)
香らしさがあって長所であるが、香の部屋に寝泊まりした時や神社の境内で過ごした一時は刺激的であった。
子供のようで大人っぽい。
ここ最近はそれが魅力的に反映されている。
「もう、遠慮しないでいいよ。このクリームとイチゴの部分が最高に美味しいから」
「じゃあ、一口だけもらおうかな」
時雨は勧められたクレープを一口もらう。
たしかに香の言った通り絶妙に絡み合って美味しさが引き立っている。
「美味しいね」
「そうでしょ!? またここへ来たら同じ物を注文しようかな」
「それは店側が赤字になるから止めた方がいいかな」
時雨は苦笑いを浮かべると、多分、店のメニューにないキャスティル特製のクレープだから販売するにしても時価値段になるだろう。
「ここの並木道は春先だと人で一杯溢れるけど、普段は人の姿が少ないから商売が成り立つのかな?」
「それは多分大丈夫じゃないかな」
ミュースの話によれば、ここ最近は宅配サービスの委託も受付しているらしい。
時雨達の横でヘルメットを装着した配達員らしき男性が慣れた様子でミュースに注文を窺うと、出来立てのクレープを受け取る。
いざとなれば、女神の力でどうにかなるだろうが、しっかり者のミュースなら経営管理はきちんと組み立てているだろう。
「女神の心配より自分達の心配でもしたらどうだ?」
煙草を咥えながらキャスティルが時雨達の会話に割って入る。
「お前達の監視にはミュースが担当になっているが、我々はお前達に特別な干渉はしない。今回は顔合わせで馴れ合っているが、普段の生活で不都合な状態に陥っても助けたりはしない。まあ、我々に落度があれば救済するけどな」
キャスティルがそう述べると、尤もな理屈だ。
困り事があれば何でも女神頼りにしていたらキリがない。
時雨達は特別な存在だが、それを傘にして女神に甘えるのは間違っているだろう。
「でも、こうして素敵な出会いができましたし、それだけで満足ですよ」
「満足ねぇ。ミュースやその部下のペトラは激甘な性格の持ち主だからな。必要以上にお前達を救援するだろうが、あいつの好意に付け込むような真似はするなよ?」
警告と言うより忠告を時雨達にして釘を刺すと、キャスティルはミュースに呼ばれて咥えていた煙草を捨てる。
口や態度は悪いが、何だかんだ言ってもミュースの事を思っている女神なんだと時雨は思う。
「ちょっと、キャスティル! 仕込んだ材料はどうしたんですか」
「クレープ作る練習に使っちまったよ」
「貴女って人は……」
落胆の色を隠せないミュースは小看板を取り下げて、今日の営業は終了を迎えた。