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第196話 写真

 キャスティルがクレープ生地を焼き始めると、ミュースと比べて手慣れていない様子が窺える。


(大丈夫かな)


 老婆心ながら、時雨も手伝いを申し出たいところだったが、キャスティルは焼き上がったクレープ生地にバナナとクリームの他にデザートをふんだんに盛り付けると、ドヤ顔で香に手渡す。


「おう、できたぞ」


「わぁ……これは凄い。写真に収めておこう」


 香はスマホを取り出して、その出来栄えを写真にして収める。

 たしか注文した品はバナナクリームと値段がお手頃なクレープの筈だったが、採算度外視のクレープが目の前にある。

 客側からしたら嬉しいだろうが、店側は当然赤字だ。

 その写真をSNS等に上げて写真のバナナクリーム目当てでリピーターが増えたら大変な騒ぎだ。


「お代は四百万円な」


 キャスティルはクレープ一つに平然と高額な金銭を要求する。

 大富豪もビックリするような値段に時雨は心臓を鷲掴みされたような気分だ。

 突き返そうかと思ったが、香は物怖じせず、財布からお金を取り出す。


「はい、四百万円です」


 香は受け皿に百円玉四枚を並べる。

 そういえば、関東ではあまり馴染みはないが関西ではお代を要求する時に今のようなやり取りをテレビで見た事がある。

 目つきが怖いこの女神様も気さくな一面があるのだなと時雨は微笑ましく思えたが、数秒後にはその幻想も見事に崩れてしまう。


「おい、これは何のつもりだ? 額が足りねえだろ!」


「んー、ちゃんと百円玉四枚ありますよ」


 香は呑気にクレープに舌鼓を打っていると、お代が足りているのを確認する。

 香の態度に怒り心頭のキャスティルはエプロンを脱ぎ捨てて、拳をポキポキ鳴らし始める。


「お客様、お金がないなら臓器を一つ提供してもらいましょうかねぇ」


 あっ、これは本気だと時雨は悟ってしまう。

 クレープ一つに臓器を提供させられてはたまったものではない。

 これではクレープ屋ではなくて性質の悪い臓器密売組織だ。

 駄目元でクーリングオフが適用できるか試してみたいが、きっと無理だろう。


「ちょっと、何やっているんですか!」


 買い物袋をぶら下げて、大声で制止して仲裁に入る人物が現れた。

 エプロン姿のミュースだ。


「何って、金を払わねぇ不届き者にお仕置きしようとしてたところだ。ミールの案件だから殺しはしねえが、臓器一つだけで勘弁してやろうと……」


「ちなみに金額は幾ら要求したんですか?」


「四百万円」


 悪びれる様子もなくキャスティルが言い放つと、ミュースは深い溜息をついてしまう。

 たしかに上司の女神がこんな調子では心労が絶えない職場だなと時雨はミュースに同情する。


「キャスティル様、ここへ訪れる前に別の転生者さん達に行き過ぎた警告をして一アウト、それと並行して米軍関係者と一戦交えて二アウト、ここへ訪れた際にあおり運転に巻き込まれたまでは同情しますが、そこからあおり運転手を始末したので三アウト。野球ならゲームセットですよ」


「始末したのは尾行していた米軍の連中に警告の意味もあったんだ。結局、ミールにお前の下で働けと罰を受けているんだぞ」


「言い訳は結構ですので、ここに滞在している間は私が上司になります。キャスティル、しっかり働いて下さい」


「ほう……私を呼び捨てにするとはな。ここでの仕事が終わったら覚えておけよ」


 キャスティルはミュースを睨み付けて捨て台詞を吐くと、エプロンを拾い上げてベンチで一服する。


 この場を収めたミュースは安堵すると、時雨達に駆け寄る。


「時雨さん、昨日はどうもすみませんでした。それにまた怖い思いをさせて申し訳ありません。お代は結構ですので、どうぞこちらは召し上がって下さい」


「色々と大変ですね」


 時雨はミュースに労いの言葉を送る。


「これも仕事ですので慣れたものです。えっと、こちらは笹山香さんですね」


 ミュースが時雨達をテーブル席に座らせて、香の名前を言い当てる。


「凄い……最近のクレープ屋さんはマジシャンみたいな芸当もできるんですね」


 どうやら、香はミュースやキャスティルをマジシャンと勘違いしているようだ。

 その気持ちは分からないでもない。

 香にもミュースやキャスティルの正体を告げると、驚いたまでは昨日の時雨や凛と変わらない反応だったが、香はスマホをミュースに向けて写真を撮りたいと願い出る。


「すみません、女神様の写真を撮ってもいいですか? できれば、クレープを食べている姿も一枚収めたいのですが」


「こら、いきなり失礼だよ。ミュースさんも困っているだろ」


 仮にも女神様に写真を要求するのは礼儀に反すると時雨は香に注意を促す。


「はいはい、私なんかでよろしければいいですよ。写真を要求されたのは初めての経験なのでアイドルになった気分ですよ」


 ミュースは快く承諾してくれた。

 香は物怖じしないで写真を収めて行くと、時雨や凛にはない軽快さは今時の女子高生に染まっているなと時雨はしみじみ思った。

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