第195話 仲の良い三人
次の日、時雨は凛と共に制服に着替えて学校へ登校する。
途中、香と合流して凛が時雨と寝泊まりした事を知ると、残念そうに呟く。
「それなら僕も一緒に泊まりたかったなぁ」
「ふふっ、今度は三人で寝泊まりしましょうか」
そんな些細な約束を交わすと、香も元気を取り戻して普段通りに時雨と手を繋ぐ。
それがとても羨ましい光景に映った凛はもう片方空いている時雨の手を繋いで、三人は並んで歩く。
さすがに女子高生三人並んで手を繋いでいるのは周囲の目を引いてしまう。
「あの……順番で手を繋ぎませんか?」
時雨は思わず提案を述べるが、二人は揃って「駄目」と拒否される。
学校に到着するまでこの状態を女子生徒達が目にしたら、変な噂が立ってしまうのは必至だ。
その代案として凛は面白そうに口をする。
「分かったわ。手を繋ぐのがお望みでないなら、恋人みたいに手を腰に当てましょうか」
「あ、それいいですね。僕もそっちに切り替えよう」
事態は悪化を加速させてしまう。
どこの世界に女性二人から腰に手を当てられる女子高生がいるだろうか。
何の躊躇もなく二人は時雨の腰に手を当ててくっ付くと、二人の温もりに挟まって圧死してしまうのではないかと錯覚してしまう。
時雨達の背後から挨拶代わりに自転車のベルを鳴らして近付くと、元気で見知った声が聞こえて来た。
「おはようさん」
それは加奈であった。
助かったとばかりに加奈に救援を求めようとしたが、困り果てた時雨を見て加奈は意地悪な笑みを浮かべる。
「おうおう、朝っぱらから騎士様はJK二人を侍らかせて良いご身分ですな」
「私はそんなつもりは……」
あっ、これは助ける気がないなと時雨は瞬時に悟った。
むしろ、もっと面白い展開を探ろうとしている雰囲気だ。
「私が背後に回って、あの女騎士様を時雨の前方に立たせれば見事な囲いが完成しますな」
私は囲碁の石かと反論したくなったが、次第に女子生徒達の姿もちらほら見え始めて時雨達に注目が集まる。
(うう……恥ずかしいよ)
そんな時雨の思いとは裏腹に二人は校門を潜るまで時雨を独占して、今日はそのニュースで女子生徒達から注目の的になってしまった。
放課後、時雨は寄り道して例の桜並木を通ってミュースと会うつもりでいた。
「ここは桜が綺麗だったから、来年が楽しみだね」
嬉しそうに香が桜の満開に訪れた事を思い出しながら、今日は香と下校を共にして桜並木の道を辿って行く。
しばらく歩いていると、昨日と同じ場所にミュースのキッチンカーが止まっていた。
「あんなところにキッチンカーが営業してたんだね」
香が小看板のメニューに目が止まると、クレープの甘い香りに誘われて目を輝かせる。
「どうも、こんにちは」
時雨は顔を出して軽く挨拶を交わすと、厨房の奥からミュースではなく目つきが怖いお姉さんが姿を見せた。
よく見ると、昨日ミュースに突っ掛かっていた赤髪の女神である。
「……ああ、例の玉無し三号か」
時雨の顔を見るや、いきなり玉無し呼ばわりする赤髪の女神キャスティル。
三号がいるのなら、一号と二号もいるのかとツッコミたくなったが、そこは敢えて触れないでミュースについて訊ねた。
「ミュースさんはいらっしゃらないのですか?」
「あいつは足りない食材を買い出しに出かけた」
「そ……そうだったんですか」
タイミングが悪かったなと時雨は思いながら、それなら適当にこの辺を散歩して時間を潰そうと考える。
「よし、折角だから私が作ったクレープを食べていけ」
「えっ……」
意外にも口の悪い女神からの誘いに時雨は戸惑いを隠せなかった。
昨日の現場を見る限りでは乱暴者で料理とは無縁な女神の印象だった。
むしろ、ヤグサのような振る舞いにまともなクレープを作れるのかと不安を覚えてしまう。
「いえ……女神様のお心遣いは有り難いのですが、今日はミュースさんにお話を伺いに参っただけですので」
「遠慮するな。それに話なら私が代わりに聞いてやるよ」
やんわり断りを入れるが、懐の深い女神の申し出に時雨はたじたじになる。
前世でもそうだったが、上司の騎士と酒を交わすのに断り切れなかったところはまるで成長してないなと反省と共に直したい性格だ。
そして香は小看板のメニューから食べたいクレープが決まると、呑気に注文をする。
「僕はこのイチゴたっぷりスペシャルをお願いします」
「あー、そいつは作れんな。このバナナクリームなら作ってやるよ」
客の注文をバッサリ却下した挙句、ぶっきら棒に代わりのクレープを勧める。
この女神、接客業には向いてないなと思いながらも香は気にする様子もなく受け入れる。
「じゃあ、店員さんのお勧めにします」
「よし、少し待ってろよ」
時雨は不安そうに眺めていると、ミュースの帰還を待ち望むように祈った。