第194話 暗闇の攻防戦
夜も更けて時雨は部屋の照明を消すと、床に敷いた布団に入った。
「やっぱり私がそっちで寝るから、時雨はいつも通りベッドで寝なさいな」
「いえ、私の事なら気になさらず……」
凛は申し訳なさそうにベッドから顔を出す。
元お姫様であり、先輩でもある凛を床に敷いた来客用の布団で寝かせるのは騎士として忍びない気持ちである。
それに凛をベッドに寝かせるのは予定通りなので、事前に枕は新品の物と交換済みで布団カバーやシーツも洗濯済みだ。
「それなら、私もそっちで寝ようかしら」
凛はベッドから起き上がると、時雨の布団に移動して中に潜る。
彼女の温もりが肌を通して感じ取れると、時雨は反射的に飛び起きてしまう。
「だ……駄目ですよ!?」
「あら、何でかしら? この前は私と一緒に寝たじゃない」
「布団は狭いですし、それに私の寝息が耳元でうるさかったら申し訳がないです。それに学校の生徒達から変な噂を立てられたら凛先輩に申し訳ないですし……」
凛の家で寝泊まりした時は半ば強引にベッドで寝かされたが、その経験も踏まえてこの展開も予想はしていた。
同級生からは香が本妻だとからかわれている時雨だが、凛の家や自宅に連れ込んで一緒の布団で寝たと言う噂が学校に広まれば、多分全校生徒から凛、香、紅葉の三股疑惑が再熱しそうだ。
(学校中から女好きのヤバイ奴と思われるな)
とくに女子高生は噂好きな多感の年頃もあって伝播するのは早い。
それだけに噂と言うのは大抵尾ひれが付くものが定番なので、事実とはかけ離れた噂が流れるだろう。
凛も布団から飛び起きると、暗がりの部屋で時雨の気配を察知してベッドに押し倒す。
「布団や寝相を気にしたり、学校の噂を気にしている時雨だけど、問題はそこじゃないでしょ?」
「た……他意はございません!」
「ふーん、騎士に誓っても?」
「それは……」
凛が問い詰めていくと、時雨は言葉を詰まらせてしまう。
時雨の事を熟知している凛は、弱点である『騎士』と言うワードの使い方を心得ている。
本当はドキドキして寝られない。
時雨は唸りながら、やがて観念する。
「すみません、凛先輩を意識してしまって寝られないです」
「ふふっ、素直でよろしい」
凛は満足そうに時雨と並んでベッドに潜ると、彼女も本心を伝える。
「私も時雨と同じ気持ちよ。時雨の温もりがとても優しく私を包み込んで、まるで天国みたいなのよ」
「天国なんて大げさな……」
時雨は目を閉じて冗談が上手いなと話半分に聞いていると、時雨の顔に何かが近付く気配を感じる。
「嘘じゃないわよ。こうすると、天国よりもっと幸せな場所へ連れて行ってくれるのよ」
凛の言葉が耳に伝わるのと同時に気配の正体が判明する。
それは凛の顔であった。
彼女の顔が時雨の顔と重なり合いそうになると、唇から異物が入り込む。
その正体も以前味わった経験があるのですぐに分かってしまう。
(凛先輩にキスされている!?)
しばらく余韻に浸っていると、凛は時雨を解放する。
「今度は時雨が積極的に連れて行ってくれたら嬉しいな」
「凛先輩……」
「朝弱いからもう寝るね。おやすみ、時雨」
凛は時雨の返答を聞かないまま寝息を立てる。
多分、すぐに返答できない事も承知済みだったのだろう。
時雨はしばらく暗闇の天井を見つめると、唇の感触を確かめながら床に就いた。