第191話 柚子風呂
「ただいま」
我が家の玄関先で時雨が家族に帰宅の知らせを告げると、凛を家に上げて自室に案内する。
すると、柚子が台所からひょっこり顔を出して待ち侘びていた様子で凛と対面する。
「おかえり。へぇ、その子が時雨の話していた子ね」
「初めまして。桐山凛と申します」
柚子はジャージ姿で凛をじろじろ見渡すと、客人が来るのを知っていたのだからもう少し身なりを気にして欲しかったと時雨は恥ずかしながら思う。
凛はとくに気にする様子もなく簡単な自己紹介をすると、柚子も自己紹介を始める。
「凛ちゃんね。私は時雨の姉で柚子、漢字で書くと柑橘類の柚子だけど私は柚子より檸檬や蜜柑が好きなのよね。その点、凛ちゃんは名前負けしない凛とした気品あるオーラがあって羨ましいわ」
「柚子さんも素敵な名前ですよ。私も柑橘類は大好きなので、冬は柚子風呂で体を温めたりします」
凛は屈託のない笑顔で答えると、柚子の調子に合わせて話が盛り上がる。
柚子風呂とは風流で凛らしいなと時雨は納得していると、柚子が凛の手を引いて誘い込む。
「じゃあ、凛ちゃんに我が家の柚子風呂を体験させてあげよう」
「ちょっと、お姉ちゃん!? 柚子風呂できる程、家に柚子はないでしょ」
突然何を言い出すんだと時雨が止めに入る。
柑橘類の柚子は家になかった筈なので、代用して蜜柑でも入れるつもりなのではないかと心配してしまう。
「柚子ならちゃんとあるじゃない」
「どこに?」
自信満々のドヤ顔で述べる柚子に対して、時雨は思わず聞き返すと凄く嫌な予感がする。
「ここよ。私と凛ちゃんでお風呂に入れば柚子風呂の完成よ」
的中してしまった。
無茶苦茶な解釈で自論を展開する柚子は凛を風呂場まで連れて行こうとするが、時雨は道を塞いで阻止しようとする。
「お姉ちゃん、凛先輩を困らせる事はしないでよ」
「ふーん、凛ちゃんは私と柚子風呂は嫌?」
柚子が訊ねると、凛は前向きな回答を示す。
「面白そうなので、是非体験させて下さい」
「ほら、本人は嫌がってないし同意も得ているから問題ないわよ。心配なら時雨も一緒に入ろうよ」
今度は呑気な声で時雨の手を引いて誘い込む。
この勢いに呑み込まれまいと、時雨は抵抗を試みる。
「家の浴槽は狭いし、三人も入れないよ!」
「とか何とか言って、時雨は裸を見られるのが恥ずかしいだけでしょ。それとも、私や凛ちゃんの裸を見るのは前世の騎士として妨げになっているのかしら」
「それは……」
ぐうの音も出ない図星だ。
柚子には手鏡の説明時に時雨の正体を明かしている。
まさかここで騎士を出しにしてくるとは予想もしていなかったので、返す言葉が見つからなかった。
「はいはい、じゃあ二人を柚子風呂にご案内~」
柚子は鼻歌交じりで二人を風呂場まで連行すると、急遽三人でお風呂に入る事になった。