第189話 女神と酒
大皿に盛られた肉じゃがや揚げたての唐揚げが次々とちゃぶ台に並べられると、今度は鍋に出汁が染み込んだおでんが並べられて美味しそうな湯気を立ち込めて食欲をそそる。
「さあ、遠慮しないでどんどん食べていってね」
ミュースは台所からさらにアジフライやグラタンが追加されて、ちゃぶ台は一気に豪勢な品揃えに変化していく。
「こんなに沢山の夕食をご用意していただいて……恐縮です」
「そんな畏まらないでいいのよ。ささ、冷めない内にどうぞ」
凛がお礼を述べると、ミュースは小皿におかずを取り分けて優しい言葉を投げ掛ける。
食前の挨拶を済ませると、お言葉に甘えて女神が作った料理に舌鼓を打つ。
(ふっくらして美味しい!)
時雨は唐揚げを一口かじると、美味しい肉汁が口一杯に広がる。
女神のような笑顔を向けるミュースに自然とお腹と心が満たされていく。
「気に入ってもらえてよかったわ」
ミュースは缶酎ハイを一本開けると、二人の満足した顔をおかずにしながら見事な飲みっぷりを披露する。
その豪快さに時雨は思わず拍手すると、ミュースは調子に乗って二杯目の缶酎ハイを開けて徐々にテンションが上がっていく。
五杯目の缶酎ハイを飲み終える頃には衣服が乱れ始めて、顔が火照っている様子から、かなり酔っぱらっているのが見て取れる。
「美味しいわぁ。時雨っちや凛にゃんも私の後に続いて飲んで飲んで」
「時雨っち?」
「凛にゃん?」
時雨と凛はお互い妙な変換をされた呼び名で声に出すと、ミュースは強引に飲酒を勧めてくる。
まさかこんな絡み酒になるとは想像もしてなかったので、これでは酒を止めておいた方がよかったかもしれないと後悔してしまう。
時雨はそんなミュースにやんわりとした口調で断りを入れる。
「一応、私達は未成年なのでお酒はちょっと……」
「そんなつれない事を仰らずに! 女神様が特別に許可して進ぜようではありませんか」
時雨のコップに並々と缶酎ハイが注がれると、ミュースはグイっと一杯いけと言わんばかりの身振りをする。
(完全に出来上がってしまっているなぁ)
さすがに未成年の飲酒は法律で禁止されているので、これが学校側にバレたら停学も覚悟しないといけない。時雨一人ならまだいいが、傍に凛もいるので共犯で停学処分になったら騎士として面目が立たない。
止める間もなく、ミュースはさらに缶酎ハイを開けて飲み干すと、今度は愚痴を展開させる。
「大体、上層部は私みたいな中間管理職の気持ちをこれっぽっちも理解していません! 私が歓迎会を開いた時に上司だったキャスティル先輩が唐揚げを注文して、気を利かせて一緒に付いていたレモンを振り掛けたらブチ切れてアイアンクローを喰らわせるんですよ!」
「それは……大変な職場ですね」
時雨はミュースの話に頷いて、知らないところで苦労しているんだなと改めて中間管理職のミュースに同情する。
また缶酎ハイに手を伸ばそうとすると、時雨はミュースの腕を掴んで阻止する。
「お酒はそろそろ控えておきましょうか」
「えー、まだこれぐらい序の口よ」
序の口どころかもう出来上がっているんだよなと時雨は思わず心の中でツッコミを入れる。
これ以上飲ませると、加奈以上に面倒臭い状況に陥りそうなので酒は切り上げさせた方が得策だ。
「時雨っちのケチ! 私はまだ全然酔っぱらっていないぞぉ」
「肌着も着崩れてますし、一旦落ち着いて……」
時雨はミュースの肌着を直そうとすると、それを払い除けてミュースは一人納得する。
「なるほど……時雨っちは私に惚れたな」
「えっ?」
「ふふっ、照れなくてもいいのよ。そういう事なら、この女神様が時雨っちを恋に溺れさせてあ・げ・る」
酒臭い息が時雨の顔に降り掛かると、「いただきます」とミュースが呟いて押し倒そうとする。
「ちょっと二人共!」
それを止めようと凛が必死になって引き離そうとするが、逆にミュースの懐に引き寄せられる形となってしまった。
「二人共、可愛いわぁ。私の愛に溺れて……」
ミュースは最後まで言葉にできず倒れ込むと、静かに寝息を立てている。
「……助かりましたね」
「ええ、凄い力で引き寄せられてもう駄目かと思ったわ」
電池が切れたように静かになると、もう夕食どころではなかった。
とりあえず、押し入れの布団を敷いてミュースを寝かせると食器の後片付けに入った。