第188話 悪霊より性質が悪い
居間のちゃぶ台で時雨は腰を下ろすと、凛も時雨の傍を離れずに腰を下ろす。
「悪霊はもういないみたいですので、大丈夫ですよ」
ミュースが徹底して浄化したらしいので、彼女がここに居座っている間は安全との事だ。
時雨が安心の言葉を投げ掛けると、ミュースも凛を気遣って料理を作りながら声を掛ける。
「悪霊はもう現れませんよ。現れるとしたら、しつこい新聞の押し売りや新興宗教の入信に訪れる人ぐらいですかね」
ミュースは冗談交じりで笑いながら話すと、それはそれで問題だなと思ってしまう。
女神相手に新聞で得られる情報は必要ないだろうし、ましてや女神と知らずに別の神様を勧められる構図は何とも滑稽に見えてしまう。
時雨は苦笑いを浮かべながらフォローする。
「まあ、それぐらいならどこの家庭でも一度は経験していると思いますから許容範囲ですかね。悪質なら警察とかに相談すればいいですし、ミュースさんなら魔法とかで追い払えそうですけどね」
「魔法はあまり乱用できない規則なので、ここで生活している間は基本的に一般の人間と同じです。警察は身分証明の提示とか色々根掘り葉掘り聴取されるかもしれないので頼りたくないのが正直なところです。新聞がなくても大抵の情報はこのスマホで事が済みますし、全然知らない神様の名を告げて詐欺まがいな人もいて、悪霊より性質が悪いですよ。だから最近ではそんな人達に対して『私は全知全能の女神なので結構です!』ってやんわり断りを入れると、『こいつやばいな』って察してくれて引き下がってくれるのが分かったんですよ」
「そ……そうですか」
ミュースはフライパンに火を入れて、ドヤ顔で述べる。
彼女が持ち合わせている鋼の精神に時雨は敬服してしまう。
やはり女神と言う存在は人間が崇めるだけの存在はある。
「ミュースさんは凄い女神様ですね。きっと他の女神様もミュースさんみたいな人格者なんでしょうね」
時雨は純粋な気持ちでミュースを称えると、フライパンの火を止めてこちらに顔を向けながら全力で否定する。
「それは誤解です。時雨さんや凛さんもあの二人を見たでしょう!」
「あの二人?」
「赤髪と黒髪の二人組ですよ。赤髪の女神は運命の女神キャスティル、黒髪の女神は破壊神カフテラ。時雨さん達を襲ったカフテラ様は普段は地味……おとなしい方ですが、警告を無視したり食事を邪魔されたらブチ切れる方です」
たしかに警告を無視した時雨や凛を問答無用で殺す勢いだった。
あの時は好きで警告を無視した訳ではないし、ミュースを助けるために間に入ろうとした。
ミールと言う黒いローブの女性も女神だろうが、彼女が助けてくれなかったら時雨達は殺されていただろう。
「運命の女神キャスティル様は女好きのレズ……じゃなかった孤高の百合であらせられます。基本的に強い女性とかに惹かれる方なのでカフテラ様と行動を共にする事が多いですね」
「ではミュースさんも気に入られていたりとか……してないですよね」
時雨はミュースとキャスティルのやり取りを思い出すと、それはないなと否定してしまう。
それと一つ気付いたのだが、カフテラとキャスティルを敬っているように見えて、微妙に彼女の心が透けて見えたような気がした。