第187話 浄化②
浄化作業は前世で騎士の仕事で請け負った事があった。
基本的に物理攻撃は効果がないので、同伴に神官を引き連れて神聖な浄化の儀式を行うために奮戦したのは懐かしい思い出だ。
まさか、女子高生になって悪霊の浄化作業を見られるとは思わなかったが、今回は浄化のプロとも言える女神が直々に行う。
時雨の想像ではやはり聖書や言い伝え等で登場する神聖な魔法や儀式を用いて浄化するのではないかと思う。もしくは神の啓示と言う言葉があるくらいなので、悪霊と対話を試みて女神の有り難い言葉で浄化するものなのかもしれない。
不謹慎ではあるが、女神がどのように悪霊を浄化するのか興味が湧いてくる。
「凛先輩、部屋に入ってみましょう」
「駄目よ! 変な悪霊に憑りつかれてしまうかもしれないわ」
「女神様は私達のために夕食をご馳走してくれますし、体を張って悪霊を浄化してくれています。我々も女神様のサポートに回らなければ罰が当たりますよ」
尤もらしい理由を述べて、時雨は探求心に駆られて部屋の中で女神がどのような行動に移っているのかこの目で確かめたい。
これを逃せば、女神に浄化はもう二度と見られないかもしれないからだ。
「騎士として、女神様の役に立てるなら本望です。いざとなれば、私が凛先輩をお守りします!」
ここ最近で一番のやる気を引き出した時雨は興奮が収まらない。
時雨の熱意に押されて、凛は観念するように覚悟を決める。
「分かったわ……私は時雨を信じるよ。もしもの時は私をちゃんと守ってね」
「はい!」
凛は時雨の傍から離れないように、しっかり腕を掴む。
凛に申し訳ない気持ちはあるが、ここはどうしても譲れない。
部屋の向こうにいる女神を拝むために、時雨は勢いよく扉を開ける。
すると、時雨達の予想とはかけ離れた光景が目に飛び込んで来た。
「さあ、浄化しなさい!」
ミュースが拳を振り下ろして空を切ると同時にどこからともなく悲鳴に似た声が部屋中に響く。
どうやら、浄化は完了したようだ。
よく見ると、ミュースの拳に何か付けているのに気付いた時雨はそれがメリケンであると分かってしまった。
「あの……悪霊はどのように浄化したのですか?」
言葉を詰まらせながら時雨は改めて問い質すと、ミュースは笑顔で答えてくれた。
「この聖なる拳で黙らせました」
「拳……ですか。例えば、聖なる魔法や儀式による浄化等はやったりしないのですか?」
「魔法や儀式は隙が出来易いですし、それに魔力を消費するのであまり使いたくないんですよ。その点、拳なら素早く対処できますからね」
たしかに合理的な回答なのだが、そこは敢えて女神のイメージを崩さないためにも拳は止めて欲しいなと時雨は思う。
ならば、対話による浄化はどうなのだろうか。
「無垢な子供の魂ならいざ知らず、悪霊の類は基本的に誰の言葉も耳を貸しませんよ。そんな方法で浄化していたら、女神が何人いても足りませんよ。可笑しなことを言う時雨さんね」
人間で例えるなら、犯罪者を言葉巧みに説得させるようなものなのかもしれない。
対話が難しいのなら、自前の美声で聖歌を披露して浄化はできないだろうか。
「すみません、私は音痴なので聖歌はちょっと……」
それ以上は女神のイメージ像を壊しかねないので、時雨はすぐに話題を変えてみせた。
「ミュースさん、夕食を作るのでしたら私達もお手伝いします。女神様のお役に立てれば幸いです」
「お誘いしたのは私ですし、時雨さん達の献身的なお気持ちだけ受け取っておきます。お客人はテレビでも付けてくつろいでいて下さい」
決して悪い女神ではないのだが、残念な女神として映ってしまうのは罪な女神だなと思える。
この様子だと、夕食の出来上がりは大丈夫なのかと心配になってしまう。
せめて時雨達が間に入ってサポートしたかったが、やんわり断られてしまった。
場合によっては外食も視野に考えないといけないかもしれない。
時雨の不安を他所にミュースは台所に立って夕食の準備に取り掛かった。