第186話 浄化
キッチンカーを契約している駐車場に停めると、徒歩五分のところに女神の住まいがあった。
「さあ、こちらです」
ミュースは時雨達を持て成すと、目の前にある建物は築数十年経過していそうな木造住宅のアパートだった。仮にも女神の住まいなので凛のタワーマンションに匹敵する豪邸に案内されるとばかり想像が膨らんでいた。
風が吹けば屋根が吹っ飛びそうなボロアパートに時雨は不安を覚えてしまう。
「あの……失礼ですが、ミュースさんの住まいはこちらなのですか?」
「ええ、そうですよ。家賃は月二万円、敷金礼金なしの素敵な物件でしょう」
具体的な数字を出されると、たしかに破格の家賃設定だと思う。
それだけに都内でこんな家賃設定をしているのだから、絶対訳あり物件であると確信してしまう。
凛はボロアパートと家賃設定の数字を耳にすると、震えながら時雨の両腕を掴んでミュースに訊ねる。
「お化けとか悪霊の類が住み着いているのではありませんか?」
なるほど、ホラー耐性が薄い凛にとってこれは死活問題だ。
仮に住み着いているとしたら、その場で卒倒してしまうだろう。
ミュースは困り顔をしながら、その胸中を語る。
「実は何度か浄化作業をしたのですが、私が仕事から帰宅すると最低でも一人は新たな悪霊が居座ってますね。多分、今もいますよ」
「そ……それは大変ですね!? 女神様の神聖な浄化作業を人間の私達が邪魔をしてはいけませんから、夕食はまたの機会にしましょう」
凛は早口で饒舌になると必死になって断る口実を述べて本物の悪霊を相手にしたくないと心の底から思っている。
時雨もトラブルはなるべく避けたいので悪霊と対面するのはあまり気が進まない。
「ふふっ、そんな気遣いは無用ですよ。浄化が終わるまで私の後ろで控えていて下されば、大丈夫ですからね」
ミュースは時雨達の背中を押すと、これは夕食を済ませるまで帰さない流れだ。
「そ……そうだ!? 急に自宅へ押し掛けて料理を振る舞ってもらうのは悪いので、近くの店で外食でもしましょう」
絶対に悪霊のいる部屋へ入らないためにも、外食を勧めるところを見ると凛はかなり焦っている。
そんな凛が不憫に思えて時雨も頷いて賛同するが、薄暗くて照明が消えかかった廊下を突き進んで行くと足下の床は軋むような音を立てて不安を掻き立てる。
ミュースはお構いなしに一室の部屋前で足を止めると玄関扉を開けて時雨達を誘う。
「さあ、ここが私の住んでいる部屋です。浄化はすぐに終わりますのでどうぞ楽になさっていて下さい」
ミュースが先行して部屋へ入って行くと、時雨は小声で凛に囁く。
「凛先輩、私が傍に付いていますので覚悟を決めましょう」
「わ……分かったわ。時雨、頼りにしているからね!」
凛は力強く時雨の腕にしがみつくと「絶対私から離れないでね!」と念押しされる。
そして部屋の奥から物音がすると、ミュースの浄化作業が開始される。