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第185話 夕食の誘い

 彼女の舌が容赦なく時雨の唇から侵入すると、まるで天国に運ばれるような幸福感が時雨の身を包む。

 恥ずかしい気持ちと同時に全身が軽くなるような感覚は今まで経験した事がない。


「ミュースさん!? 急に何をしているんですか」


 凛がミュースと時雨を引き離すと、時雨は我に返って現実に戻される。


 鏑木時雨の人生を歩んでキスをする経験は幾つか場数を踏んだが、今回は違った景色を眺められたような気がする。


「時雨さんは完了しました。凛さんも治療を始めますね」


 今度は凛と向かい合うミュースは躊躇いもなく顔を近付けると、そのまま凛の唇と重なり合う。凛は両手で拒否するように引き剥がそうとするが、強く抱き締める形でミュースは頑なに離れようとしない。

 そして時雨の時と同様に彼女の舌が凛の中に入ると、抵抗を示していた両手は徐々に脱力していき、なすがままになる。


(……凄い光景だな)


 傍から見れば絵になる美女二人は特別な関係で結ばれているように見える。

 それがとても優美に映り、凛を独占されて止めに入りたいが、もう少しこのまま二人を眺めていたいと背徳感に悩まされる。


 しばらくしてミュースは凛を解放すると、満足そうな顔で達成感を露にする。


「ふぅ……凛さんも完了です」


 時雨の時もあんな風に映っていたと思うと、今になって恥ずかしさが込み上げて来る。

 二人の唇を何の前触れもなく奪ったミュースに凛は我に返って激しく抗議する。


「急にあんな真似をしてどういうつもりなんですか!」


「あんな真似とは?」


 ミュースは首を傾げると凛が何に対して憤慨しているのか分からない様子だ。

 女神の感覚は人間のそれと違うかもしれないので、挨拶程度の無自覚なものだったのかもしれない。


 やり難い相手だなと痛感しながら、凛は調子が狂ってしまう。


「だからその……私達にキスしたじゃありませんか」


「キス? キスとは愛し合う者同士がする行為ですが、もしかして先程の治療の件ですか?」


「ええ、そうです!? 治療と偽って私達にハレンチな行いをしたではありませんか」


 やっと指摘したところに気付いて触れると、ミュースは可笑しそうになって笑ってしまう。

 凛は訳も分からず時雨に助けを求めるように視線を移すが、時雨も困惑したままだ。


「気を悪くしないで下さい。あれは人工呼吸の処置をしたと想像していただければ分かり易いかと思います」


「人工呼吸?」


「ええ、お二人が想像するようなものではなく私の回復魔法を施したんです」


 ミュースの説明では、あれはキスではなく回復魔法の術式を最も効果的に発現させるための行為だったらしい。通常は手をかざして念入りに傷の箇所を治療するのだが、ミュースが取った方法だと全身に効率的な治療が可能となる。


「そう言われると、あれだけ痛めつけられたのに今はどこも痛くない」


 時雨は左肩に手を当てると、とくに痛みも感じられず身体中の傷は完治している。


 凛も首筋の痣が消えて、女神の治療が本物だったと改めて痛感する。


「疑うような真似をしてすみませんでした」


「いえ、私も言葉足らずで誤解を生じさせて申し訳ありませんでした」


 わだかまりが解消されると、二人は女神に感謝と謝罪の言葉を述べて一礼する。


「今日はもう店を閉めちゃいますので、お礼とお詫びを兼ねて私の家までご案内致します。夕飯は私が腕を振るってご馳走しますから、是非立ち寄って下さい」


「女神様に夕食をご馳走させてもらうなんて何だか悪いですよ」


「若い方がそんな気遣いは無用ですよ」


 ミュースが夕食の誘いをしてくれると、二人は顔を見合わせて頷くと快く承諾する。


 時雨の人生で女神に夕食を招待されるのは初経験だ。

 きっと凛の住んでいるタワーマンションのような豪勢な暮らしっぷりを拝見できるのだろうなと期待しながら女神の私生活に興味が湧いて来る。


 ミュースは店仕舞いの準備を進めると、二人をキッチンカーに乗せて女神の住まいへ向かった。

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