第184話 荒治療?
「私が頼んだ仕事よりクレープ焼く仕事が大切って事か」
赤髪の女性は今にも怒りが頂点に達しそうな雰囲気だ。
他を寄せ付けない威圧感に黒いフードの女性は物ともせずに近付いて行くと、赤髪の女性の肩を掴んだ。
「あっ?」
首だけ動かして振り向くと、鬼の形相で黒いフードの女性を睨みつける。
すると、赤髪の女性も先程のカフテラ同様に驚いた様子で目を見開くと、掴んでいたミュースの胸倉を解放して上機嫌になる。
「おやおや、私とベッドで一夜でも過ごすつもりになったのかい?」
「それも楽しそうだが、今日は君に注意を言い渡しに来たんだ。キャスティル、君は米軍と衝突したらしいね」
「米軍? ああ、あれはあんたの代わりに警告を出しに行ったまでさ。従来通り女神の仕事をこなしたまでだよ」
悪びれた様子もなく、キャスティルと呼ばれる赤髪の女神は不敵に笑う。
米軍と衝突したとか物騒な単語が飛び交っているが、ミュース以外は頭のネジがぶっ飛んだ女神しかいないのかと時雨は思う。
上司の女神があんな人達で占めていたら、心労が絶えず気の休まる暇がないだろう。
黒いフードの女性は溜息をついてしまうと、さら注意を促す。
「キャスティル、君の仕事熱心な働きぶりは感謝しているけど、少し自重する事を覚えようね」
「そいつは無理な注文だ。ミール、あんたがここにいるって事は私に注意を払うためではなく例の転生者で訪れたのは察しが付いている。たしかに私が頼んだ仕事より重要度が高い案件だし、ここは大人しく退散するよ」
「聞き分けが良くて助かるよ」
「そのかわり、今度私とデートしろ。それぐらい融通を利かせてくれてもいいだろ?」
「検討して考えたいところだが、米軍の件でチャラだ」
「……ちっ、それならさっさと警告だけ済ませて帰るんだったぜ」
キャスティルは残念そうに舌打ちすると、彼女の足下から魔法陣のような紋様が浮かび上がって、それに吸い込まれるような形で消えて行った。
ミュースが乱れた衣服を整えると、ミールと呼ばれた黒いフードの女性が彼女に激励の言葉を送る。
「すまなかったね。彼女達は私が引き受けるから、この場は任せるよ」
「りょ……了解しました!?」
ミュースが畏まって一礼すると、ミールはカフテラを手招きして呼び寄せる。
それに無言で応じるカフテラはキャスティルと同様の魔法陣を繰り出して、ミールと共にその場から消えて行った。
ミュースは一目散になって時雨達に駆け寄ると、謝罪の言葉を口にする。
「私のために怪我を負ってしまい、申し訳ありませんでした!?」
「ミュースさんが無事でよかったですよ」
時雨はゆっくり立ち上がると、まるで全身に電流が流れるような痛みが迸る。
凛も首筋に痣ができるぐらい傷痕が残ってしまい、まずは病院で診察が必要である。
「すぐにお二人の治療に取り掛かります!」
「えっ、治すってミュースさんが治療を施してくれるのですか?」
気持ちは有り難いが、時雨は左肩を骨折している可能性がある。
一般的な救急箱で治せるような容態ではないし、然るべき場所で治療を施すのが適切だ。
ミュースは時雨の両肩を握って顔を近付けると、激痛に悲鳴を上げそうになってしまう。
「じっとしていて下さい!」
本当に治療を始めるつもりらしい。
ミュースの吐息が顔に掛かると、時雨の口許に彼女の唇が重なった。