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第181話 女神ミュース

 二人は顔を見合わせながらミュースの誘いに乗ると、用意されたベンチに座った。


 ミュースは可愛らしいパンダのアップリケが施されたエプロンを脱いで、頭に巻いているバンダナを外すと、後ろに束ねていた銀色の長髪を下ろした。

 エプロンの下は修道服のような衣服に身を包み、首から十字のチョーカーをぶら下げている姿が目に入ると、彼女の気品溢れる容姿からまるで教会にミサを捧げに来た修道女(シスター)のように見える。


(綺麗な人だなぁ……)


 フリーマーケットでミュースに声を掛けられた時は香と合流するために急いでいたので気に留めていなかったが、改めて対峙すると美人な女性であると再認識する。


 それに気付いた凛は時雨を肘で小突くと、嫉妬の炎が芽生える。


「時雨、鼻の下を伸ばしているわよ」


「別に……そんなつもりはありませんよ。女神と自称するだけあって美人だなって思っただけですから」


「もう!? 知らない」


 凛が呆れてそっぽを向くと、機嫌を損ねてしまった。


 転生してから十数年、女の子達と話を合わせたり付き合ったりするのはだいぶ慣れたが、未だに女心の分野に関しては疎い。


「まずは挨拶代わりにこちらをどうぞ」


 ミュースは懐から二人に四角い物を提示すると、それは名刺だった。

 名前や連絡先の電話番号他に『異世界転生係・統括長』と担当部署に役職を示す印字が施されている。パッと見て何の変哲もない名刺だが、担当部署の部分が胡散臭い肩書きなので普通の人が見たら冗談と受け止めてしまうだろう。


「悪戯やキャッチセールスの類なら、失礼させていただきます」


 凛は名刺を突き返して席を立とうとすると、付き合いきれないと言わんばかりに時雨の手を引こうとする。


 折角、時雨と二人っきりになれたのに訳の分からない人物に時間を割かれたくないからだ。


「お二人の名前は桐山凛、鏑木時雨。前世ではシェラート、ロイドと名乗っていましたね?」


 ミュースが二人の名前を告げると、凛は足を止めてミュースに振り返る。

 それは時雨も同様で、二人の名前を言い当てた上に前世の名前まで言い当てられては心が穏やかではいられない。


 ミュースはにこやかに笑みを浮かべると、さらに畳み掛けて続ける。


「お二人だけではありませんよ。笹山香、山下加奈、山下優奈、如月紅葉、鏑木柚子の五名についても把握しています。少しは私の話に興味を示していただけましたかね?」


 香や加奈の名前を挙げられると、彼女の言葉に信憑性が増した。

 だが、一つだけ腑に落ちない点がある。


「ちょっと待って下さい! 何でそこに私のお姉ちゃんの名前が?」


「おや、まだご存知なかったのですか。うーん……私が教えて差し上げてもよろしいのですが、ご本人の口から直接聞いた方が時雨さんも納得すると思いますよ」


 たしかにミュースの言う通りかもしれない。

 そういえば、加奈は柚子が手鏡を積極的に使ってこなかったのは違和感を覚えていたが、加奈のダークエルフ姿に感激すると長耳をモフったりして満足だったので、ダークエルフ姿に興味が移ったと結論付けていた。


「貴女が女神様なのは理解しましたが、目的は何ですか?」


 時雨は声を震わせて訊ねると、対面している女神が何のためにここにいるのか目的が定かではなく不安になってしまった。最悪の場合、名前を挙げた時雨達を始末するために現れたのではないかと脳裏を過ぎってしまう。


「時雨さんが危惧しているような事はないですよ。どうかご安心下さい」


 ミュースは時雨の心を見透かすように答える。


「目的は時雨さん達の観察です。身内の恥を晒す感じになって恐縮ですが、実は時雨さん達の前世の記憶を継承して転生させてしまったのは人為的なミスです」


「えっ……ミス?」


「ええ、事の発端は私の部下であるペトラと言う女神が前世の記憶を継承させたまま転生させてしまったのが始まりでした。通常は前世の記憶を真っ新な状態にして転生するのですが、精査した結果、時雨さん達を含む数組の人物が該当しました」


 時雨と凛は信じ難い真実を突き付けられて唖然としてしまう。

 まさか、自分達の転生が人為的なミスによるものだとは思わなかったのだ。


 ミュースはベンチから腰を上げて床に正座すると、二人の前で見事な土下座を繰り広げる。


「部下の責任は上司の責任でもあります!? 申し訳ありません」


「や……止めて下さい!? 女神様なら私達から前世の記憶だけを取り除いてしまえば……」


「それはできない規則(ルール)になっています。肉体を介してそのような高度な魔法を使用すれば魂に傷を付けてしまうかもしれませんし、傷が付いた魂は二度と転生できません」


 時雨は周囲を気にしながら土下座を止めさせようとする。


 女神なら都合の悪い記憶部分を処理できると思ったが、厳格な規則(ルール)が設けられているようでリスクも高く簡単にどうにかできないようだ。

 ミュースは上層部から監視の命を受けて、今まで時雨達を影から見守っていたらしい。


「私は別に怒っていませんし、むしろ感謝しているぐらいです。前世で生き別れた人々とまた巡り合えたのですから……ミュースさんを含めた女神に謝罪も求めていません。凛先輩もそうですよね?」


「ええ……そうね。時雨とまた出会えて凄く興奮したし、今過ごしている時間を大切にしたいわ」


 凛は愛おしそうに時雨の腕へ抱きつくと、時雨は照れながら顔を赤く染めて幸せを噛み締めている。

 転生してから生活様式は一変して戸惑う事は多々あったが、今はとても満足した人生を歩んでいると胸を張って言えるだろう。

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