第180話 フリーマーケットの売り子の正体
キッチンカーの傍へ寄ると、立て看板にメニューが色々書き込まれている。
ソフトクリームの他にクレープも作っているようで、甘い香りが辺りを立ち込める。
「時雨は何にする?」
「私はイチゴバナナのクレープにしようかと思います」
「それもいいわねぇ。美味しそうなメニューが沢山あるから目移りしちゃうわ」
凛はメニューを見ながらどれにしようか悩んでいると、その仕草から普通の女子と変わらないなと時雨は思う。
実際、クレープだけでも数十種類近くのメニューがあるので、凛が目移りしてしまうのも無理はない。
「このカラメルアイスチョコのクレープはどうですか? 凛先輩はチョコレートが好物ですし、アイスも食べられて一石二鳥ですよ」
時雨は凛の食べたい物を考慮してカラメルアイスチョコのクレープを勧める。
女子生徒達と一緒にいると、この手のやり取りは割と日常茶飯事で、迷った時に時雨が即決して参考の指標になる事が多い。
凛は時雨のお勧めに納得したようで、賞賛の言葉を送る。
「なかなか良い選定だわ。流石は時雨、私の好みを理解して頼りになる騎士様ね」
「そんな大げさですよ。騎士として主人の好みを理解しているのは当然ですからね」
「ふふっ、それは初耳ね。時雨は私の好みな殿方を理解していなかった鈍感だったし、とても意外だわぁ」
「そ……それはあまり言わないで下さい」
誇らし気な気持ちから気恥ずかしい気持ちに切り替えられると、時雨の立つ瀬がなくなってしまう。
その様子に凛は可笑しなくって笑みを浮かべると、時雨もそれに釣られてしまう。
メニューが決まると、二人はキッチンカーの厨房で女性がクレープ生地をトンボで伸ばしながら焼いているのを見学していると、二人に気付いた女性はクレープ生地を裏返して接客に応じる。
「いらっしゃいませ。メニューがお決まりでしたらどうぞ」
「カラメルアイスチョコのクレープをお願いします」
凛は時雨に勧められたクレープを注文すると、時雨も後に続こうとしたが、女性の声に聞き覚えがあるような気がした。
(あれ? この声どこかで……)
時雨は声の他に女性の姿をよく見ると、脳裏の記憶を辿ってやっと思い出した。
「ああ! 貴女はフリーマーケットの売り子さん」
「あら、奇遇ですね。例の手鏡はお気に召しましたか?」
間違いない。
時雨に魔法具の手鏡を一方的に手渡して姿を消した売り子の女性だ。
まさか、こんなところで再会するとは夢にも思わなかった。
「時雨、この人と知り合いなの?」
「例の手鏡を置いて行った人ですよ」
事情を知らない凛に簡潔な説明をすると、凛は警戒感を示して時雨の手を引いて一歩下がる。魔法具に精通しているエルフ族の優奈でも完成度の高い代物だと評価を下した手鏡を魔法やエルフ族が存在しないこの世界で持ち合わせている筈がない。
女性は焼き上がったクレープ生地にトッピングを加えていくと、凛が注文した品を完成させる。
「お姫様、ご注文のクレープになります」
凛を姫と称する女性は畏まってクレープを受け渡そうとすると、より一層得体の知れない不気味な様相に変えてしまう。
「あらら、そんなに怖がらないで下さいな。そちらの騎士様は何を注文なさいますか?」
今度は時雨を騎士と称して注文を承ろうとすると、さらに拍車をかけて疑いの眼差しを向ける。
「貴女は一体何者なのですか?」
時雨は一番知りたい事を述べると、最早クレープどころの話ではない。
目の前にいる女性の正体が一体何者なのか、その一点を知りたい。
女性は新たにクレープ生地を焼き始めると、簡単な自己紹介をする。
「私の名はミュース・フライン。神界で『異世界転生係』を担当している女神です」
「……女神?」
「まあ、いきなり女神とか言われたら混乱しちゃいますよね。とりあえず、クレープを摘みながら話しましょうか」
ミュースと名乗る女性は時雨の分もクレープを完成させると、キッチンカーから出て来て二人を空いているベンチに手招きして腰を下ろした。