第18話 心と身体の成長
食前の挨拶を済ませると、時雨はラーメンをすすりながら胃袋を満たしていく。
そんな時雨に溜息をついて眺める香は思わず声にして愚痴を漏らす。
「はぁ……時雨が羨ましいよ。先月と比べて一kg太っちゃったから、セットメニューは怖くて食べられないわ」
「別に香は太っていないし、あまり気にしない方がいいよ」
「それは時雨が太らない体質だからよ。私なんか油断して、三kg太ってた時は絶叫して軽くホラーだったからね」
気持ちは分からなくもないが、成長期である十代は体重が増えてしまうものである。
香とは幼馴染で付き合いは長いが、彼女を太っていると思った事は一度もない。
ラーメンセットの半炒飯を食べながら、時雨は香に提案をする。
「じゃあ、ストレス発散も兼ねてカラオケでも寄って行く?」
「いいねぇ。この前は時雨が桐山先輩と用事で行けなかったし、今日は午後からぶっ通しで歌い尽くそう」
昔から、悩み事があったりしたら二人でカラオケに行って憂さ晴らしをするのが通例となっていた。
以前、香がカラオケに誘ったのは話の流れで体重が要因だろう。
しかし、香の家に宿泊した時、時雨が作った食事に体重を気にする素振りはなかった。
「でもさ。この間は私の作ったカレーライスやサンドイッチは気にせずに食べてたじゃん」
「それは別……だって、大好きな時雨が作ってくれたんだからね」
香は恥ずかしそうに麺をすすりながら答えた。
大好きと言う言葉に時雨は敏感に反応すると、席を立ってコップを持ちながらセルフサービスの水を汲みに行った。
時雨の頭の中には、香にベッドで押し倒された時の鮮明な記憶が蘇った。
昔は気弱な性格だったが、今は明るくて自由奔放な彼女を素敵な女性だと時雨は思っている。
心も身体も成長していると実感できた。
(何やってんだろうなぁ……)
身体は時間の経過と共に緩やかに成長している。
だが、時雨にとって心は前世で崖から転落した時のままだ。
主君を守れず、凛と再会するまでは鏑木時雨として後悔した日々が続いていた。
何もかも忘れてもう一度死んでしまいたいとさえ思った時期もあったが、今の両親や姉を悲しませるのは明白だし、幼馴染の香を放って死んだら彼女も後を追って死ぬかもしれないと思って、自殺は思い留まった。
シェラートは桐山凛に転生して人生を歩んでいるが、彼女の心もあの時のままだろうか。
それとも、桐山凛として第二の人生と向き合っているのだろうか。
時雨は席に戻ると、コップを置いて香の隣に座って肩を並べる。
「香は素敵な女性なんだから、本当に太っていると思ったら注意するよ。それと……大好きって言ってくれてありがとう」
「そんな改めて言われると照れちゃうな。じゃあ、この後はカラオケ屋で何か摘まみながら盛り上がろっか」
「うん、そうだね」
二人は昼食を終えると、食器とトレーを返却口に戻して近くにあるカラオケ屋へと足を運んだ。