第179話 桜並木
「いただきます」
二人は並べられた昼食を前にして食前の挨拶を済ませると、お互いに作った料理を口にしながら舌鼓を打つ。
「ふぅ、美味しいわ。これから毎日、時雨のご飯をいただきに通い詰めようかしら」
「ははっ、大げさですよ。でも、凛先輩に気に入ってもらえてよかったです」
凛は満足そうな笑顔になると、誘い出して正解だったと時雨は確信する。
学校では女子生徒達と賑やかな食卓を囲んで昼食を楽しんだりしていると思うが、帰宅すれば一人で食事をする機会が多い凛を心配して、誰かと他愛ない会話をしたりする食事の方が気分も晴れていいだろうと判断した。
前世でも王族だった凛は両親が多忙で一緒に食事を囲む機会は少なく、時雨が護衛の任に就いてからは凛の食事中も傍に付いて話し相手になる事は日常茶飯事だった。
しばらく雑談に興じていると、話題は体育の走り幅跳びで盛り上がった。
「それで私は言ったのよ。絶対にそこまでは跳べないって……」
「でも、凛先輩ならできそうな感じですよ。今度、体育の時間に窓から様子を見守っていますから頑張って下さい」
「もう、絶対無理だから!? 時雨の意地悪さんね」
冗談を交えながら昼食を楽しむと、二人は食器の後片付けを済ませて気晴らしに外で散歩をする事にした。
散歩コースに駅前を通り過ぎた桜並木の土手沿いを二人は歩いている。
休日はランニングコースとして汗を流す人や家族連れの子供を連れてキャッチボールをする風景がよく見られる。
「ここは春先だと桜が満開になって夜景はとても綺麗なんですよ」
「あら、そうなの」
「はい、これは一か月ぐらい前に撮った写真です」
時雨はスマホを取り出して、夜景の収めた写真を凛に見せる。
都会の夜景と桜の花びらが舞う姿はとても幻想的だ。
この時は香も一緒に桜を堪能して、「桜より時雨の方が綺麗だよ」と照れながらお世辞を言ってくれたのを思い出す。
「本当に見事な桜吹雪ね」
「よろしければ、この写真を凛先輩にプレゼントしますよ」
「まあ、ありがとう。来年は満開時に時雨と一緒に見に行こうね」
「勿論、喜んでお供致します」
時雨は凛のスマホに写真を送信すると、また一つ楽しみが増えて来年が待ち遠しい。
きっと、時雨も香と同様に照れながら桜より凛の美しさに目が入って同じような台詞を吐くのが安易に想像できてしまう。
(桜より綺麗なんだから仕方ないよな)
そんな思いを馳せている時雨に対して凛は自然と手を繋いで、土手沿いの一角にキッチンカーとソフトクリームの置物を指差す。
「あそこでアイスでも買って食べましょうよ。昼食後のデザートだと思ってね」
「それは構いませんが、太っちゃいますよ?」
「もう!? そんな野暮な話は禁物よ。時雨の意地悪さん」
「ははっ、冗談ですよ」
凛は頬を膨らませてみせると、時雨は笑って応えてみせた。