第178話 心もお腹も満たす
時雨が息を呑んでその場でじっとしていると、電子レンジに入れていたコロッケは温め終えるところだった。
二人の心も最高潮に熱くなるのを人肌越しに感じる。
「……本屋で二人っきりになった時、凛先輩は他に好きな人ができてもあなたを愛していると私に言ってくれた。その言葉は嬉しかったと同時に私の中で罪悪感が生まれました。私には前世から好きな人がいたからです」
「ええ、知っているわ。時雨が好きな人は紅葉だよね」
時雨が内に秘めていた気持ちを凛に伝えると、どうやら凛はそれに気付いていたようだ。
「……ご存じだったのですか」
「ふふっ、時雨と長い付き合いだもの」
時雨の分かり易い性格も一因していると思うが、前世で一緒に過ごした時間は侮れない。
対して同じ時間を過ごしたのに、時雨は凛の内に秘めた気持ちを理解しないまま転生後になって本人の口から聞いて初めて理解する。
紅葉と過ごした士官学校時代は時雨にとって甘酸っぱい青春であったが、相手は貴族出身の女騎士、片や貧乏な家庭の平民出身の青年、叶わぬ恋であるのは知っていた。
「カラオケで二人っきりの時にも言ったけど、私の初恋はね……時雨なんだよ。最初に酒場で出会った頃は面白そうな奴だなって好奇心しかなかった。やがて私の護衛に就いて一緒に時を過ごす内に時雨の魅力に惹かれていき、最期を一緒に迎えた。そしてお互い転生して、私の初恋相手は後輩の女子高生になって現れた」
「私はあの時、前世の身分と同性同士が足枷になって恋仲になるのがとても怖かったんです。結果的に凛先輩を不幸にするのではないかとね」
「時雨が女の子でも、私の気持ちは今でも変わらないわ。私と時雨ならどんな不幸でも跳ね除けて見せる。時雨の初恋が紅葉でも、全然構わない。紅葉より魅力的な女になって時雨を振り向かせて見せるから!」
無茶苦茶な事を言っているのはお互い理解し合っている。
凛は強くギュッと抱き締めると、「大好きだからね……」と甘い声を時雨の耳元で囁く。
時雨は顔を真っ赤にさせて小さく頷く。
「コロッケも温まっていますね……昼食の準備を進めましょう」
再び昼食の準備に取り掛かると、電子レンジで温めていたコロッケを取り出して刻んだキャベツと共に皿へ盛っていく。
「ふふっ、心もお腹も今は満たしていきましょうか」
凛も出来上がった豚汁をお椀によそっていくと、炊飯器のご飯も炊けて着々とテーブルに昼食を並べていった。