第177話 冗談?
時雨は豚バラ肉、ニンジン、ゴボウ、コンニャクをカットした具材を用意すると、鍋に入れて火を通していく。
その様子を凛はじっと眺めていると、時雨の横に立って手際の良さに感心する。
「この前、私の家で料理を披露してくれた時もそうだったけど、時雨は料理が手慣れていて羨ましいわ」
「凛先輩も慣れればこれぐらいできますよ。料理ができるまで、ゆっくり座ってくつろいでいて下さい」
「私も何か手伝うわよ。あれから私も少しは料理のスキルを磨いたからね」
「そうですか。それでしたら、洗米をお願いしてもらってもいいですか?」
「ええ、お安い御用よ」
凛は鼻歌交じりでボウルに入っているお米に水を加えて洗米を始める。
手早く洗ってすすいだ水はすぐに捨てていき、お米を優しく研いでいくと、以前凛のキッチンで見かけた時より料理のスキルは磨かれている。
時雨も安心して任せる事にすると、先程の鍋に市販の顆粒だしを入れて沸騰させる。
その間、冷蔵庫からラップに包んで作り置きしていたコロッケを取り出すと、電子レンジで温める。
鍋が沸騰すると、最後に味噌を入れて豚汁の完成である。
凛も問題なく洗米を終えると、お米を内釜に移して炊飯器で炊いていく。
一通りの調理過程が済んで、炊時雨は労いの言葉を送る。
「お疲れさまでした。凛先輩のおかげでだいぶ楽ができましたよ」
「時雨が自炊のやり方を丁寧に教えてくれたおかげよ。最近は料理を作るのがとても楽しいわ」
「凛先輩が努力した賜物ですよ。私はきっかけを作ったに過ぎません」
豚汁の味見をしながら、時雨は笑顔で語る。
何だか子供の成長を見守る親になった気分である。
成人になる頃にはきっと今より料理のスキルを含めて色々な面で成熟した素敵な女性になっていると時雨は確信する。
「私も味見していいかな?」
「ええ、どうぞ」
凛は時雨の横で豚汁の味見をすると、満足そうな顔で親指と人差し指で丸の合図を送る。
どうやら、味付けに問題はなさそうだ。
「美味しい……時雨の手料理は本当に最高だわ。いっその事、時雨と結婚して毎日手料理を食べようかしら」
「えっ!? またそんなご冗談を……」
時雨は結婚と言う単語に思わずたじろいでしまうと、苦笑いを浮かべる。この手の冗談はある程度加奈で免疫が出来上がっているので、本気と捉えずにスーパーで買ったキャベツを千切りにしていく。
時雨がまな板の上で千切りにしたキャベツを皿に盛ると、凛は背後から抱きついてみせる。
「ふふっ、私は相手が時雨なら女同士でもいいのよ。毎日美味しい手料理も味わえて、他にもっと美味しい物を私に提供してくれそうな気がするなぁ」
「わ……私は凛先輩に料理以外は何もないです!? それに私なんかより、素敵な殿方がきっと現れますよ」
意味深な言葉を発する凛に対して、時雨は声が裏返ってしまう。
ドキドキする気持ちを押えようとする裏腹に凛はさらに強く抱き締めて彼女の胸が時雨の背中に当たって身動きが取れない。
「時雨は命が尽きる最期まで私を守ってくれた騎士よ。今度は私が時雨を守ってあげる騎士になってもいいかなってね」
「私は騎士としての務めを果たしただけです。凛先輩は騎士の真似事をしなくてもいいんですよ」
「時雨だけずるいわ!? 私にとって素敵な殿方は目の前にいる人だもん」
背中越しで凛が告白すると、そこには優等生の凛ではなく一人の乙女がいるだけだった。