第172話 二人っきりになる方法
しばらくして問題集の見直しを終えると、優奈は筆をおいて両手を伸ばしながら一息入れる。
「できました。採点のチェックをお願いします」
「お疲れさま。採点するから、少し待っててね」
凛は優奈から問題集を受け取ると、赤ペンで採点を始める。
時計を見ると、入れ替わってから一時間以上が経過しているのを確認する。
元に戻れる条件は整った。
後は湯呑みに飲み物を注いで飲めばいいだけだ。
問題は飲んだ後に五分程度意識を失ってしまうので、最低でも五分間は凛の目を時雨達から遠ざけないといけない。
先程、洗面所で優奈が元に戻る際に注意点を述べていたのを思い出す。
「意識を失った後、誰かに起こされて不確定な覚醒をしてしまうと失敗に終わります。ですから、もう一度時雨さんと確実に二人っきりになって誰にも邪魔されない環境を整えるのが最低条件です」
仮に凛のいる前で二人同時に気を失えば、身体を揺さ振られて失敗に終わるのが目に見えている。
誰にも邪魔されずに二人っきりになれる空間。
思い付く限りでは柚子の部屋を借りる方法だが、柚子が留守の間は部屋に鍵を閉めてしまうので誰も入れない。以前、何かあった時のためにお互いの部屋の合鍵を持ち合わせていたのだが、柚子は度々時雨の部屋に侵入しては悪戯を施して時雨の驚いた顔を見るのが日課になったのをきっかけに、しばらくして合鍵を持ち合わせるのをやめてしまった。
トイレや風呂場も候補として考えたが、どれも堂々と二人揃って入る場所ではないし、異変に気付いた凛がそんな場所で意識を失っている二人を見たら事件性を疑って警察や消防を呼んで大事に発展してしまうかもしれない。
(これは意外ときついな)
時雨は頭を悩ませていると、凛の存在がとてつもないハードルとなって立ち塞がる。
凛がお手洗いで一旦部屋を離れたとしても、五分以内に戻って来る可能性はある。
強硬手段として、凛を気絶させる方法も考えてみたが、前世ならいざ知らず今では身体能力の面で凛が勝っている。とてもではないが、凛を気絶させるだけの力はない。
一番の安全策として凛が就寝した後にこっそり元に戻る方法しかないが、それだと優奈の帰りが遅くなって加奈やその両親を心配させてしまう。
途方に暮れていると、時雨は偶然にも床に置いてあったテレビのリモコンボタンを押してしまった。
「勉強中にテレビを付けてごめんなさい」
「別に大丈夫よ。採点はもう少し掛かりそうだから、二人はテレビでも見ながら楽にしていて」
時雨は慌ててテレビを消そうとするが、凛は時雨達に気を遣ってくれてテレビはそのままにする。
番組が一旦CMに入ると、以前凛と映画館で見たホラー映画の宣伝が流れた。
あの時は青ざめた表情で映画の感想を述べているのを思い出すと、凛の女子らしい一面を覗けた。
(そうだ!)
時雨は頭の中で良い案が浮かぶと、確実に二人っきりになれる方法を思い付いた。