第169話 魔法具の効果
可愛らしい猫と犬の絵柄が施されている二個の湯呑みを手に取ると、特に変わった様子もなく普通の湯呑みである。
「これが魔法具なの?」
「はい。お姉ちゃんの証言からエルフの姿なら、魔力を扱える事が実証されました。人間に転生した影響だと思いますが、当時のような魔力は残っていませんので、湯呑みを媒介に簡単な魔法具を精製する事に成功しました」
手鏡のような代物でないにしろ、自力で魔法具を仕上げてしまうのは素直に凄いと時雨は思う。本物のエルフが作った魔法具となると、どのような魔法の効果が発動するのかとても気になる。
時雨は湯呑みをテーブルに置いて、優奈に訊ねる。
「魔法具を作れるなんて凄いよ。この魔法具はどんな力があるんだい?」
「言葉で説明するより、実際使ってみましょうか。湯呑みに何でもいいので飲み物を入れて下さい」
優奈はそう言うと、懐から預けていた手鏡を取り出して自身をエルフ姿に変える。
(何でわざわざエルフに?)
時雨は疑問を抱きながらも、台所の冷蔵庫からオレンジジュースを持ってきて慎重に湯呑みへ注いでいく。
この時点でまだ何も変化は起きずに、注がれたオレンジジュースを注視する。
「お姉ちゃんから聞いたのですが、時雨さんは……エルフ族が好きなのですね」
「えっ?」
突然、何の話を始めるんだと時雨はきょとんとした顔になってしまう。
ダークエルフの加奈やエルフの優奈は好きと言われれば否定はしないが、決して恋愛対象と言う意味ではない。
「お姉ちゃん曰く『時雨は見た目と違ってダークエルフの私にエロい視線を送ってたから、可愛い優奈も気を付けなさい』って言ってました。たしかに私のお姉ちゃんは可愛いし、時雨さんがエロい視線を送るのも仕方ありません」
とてつもない誤解をしている優奈に、時雨は何を吹き込んでいるんだとこの場にいない加奈に静かな怒りが湧く。
それと今の言葉で確信したが、優奈は加奈の事になるとポンコツになるのが身に染みて分かった。
多分、否定したところで話がややこしくなるだけだと悟った時雨は咳払いをして、猫の絵柄の湯呑みを手にする。
「まあ、その話は今度じっくり加奈を交えてするとして、湯呑みに入ったオレンジジュースは飲んじゃってもいいのかな?」
「はい、飲んで初めて効果が発動しますからお願いします」
優奈も犬の絵柄の湯呑みを手にして、二人はオレンジジュースを飲み干した。
すると、急激な眠気が時雨に襲い掛かり、抗う事も出来ずにその場で気を失ってしまう。
どれくらい眠ってしまったのだろうか。
時雨は頭を抱えて目を覚ますと、時計の針は気を失って五分しか経過していない。
(そんなに時間が経っていない?)
周囲を見渡すと、ベッドの傍で信じられない者を見つけてしまった。
「おはようございます」
時雨の姿をした何者かが時雨に目覚めの挨拶をする。
「鏡を御覧下さい」
訳が分からず狼狽する時雨に、時雨の姿をした者は鏡を差し出して自身の姿を確認させる。
「えっ? 何で私じゃなくて優奈ちゃんが……」
そこに映る筈の時雨はいつもの姿ではなく、エルフ姿の優奈の顔が飛び込んできた。
まさか、優奈が作った魔法具の効果は――。
「私の姿をした君は優奈ちゃんか……じゃあ、この魔法具の力は」
「ご推察の通りです。湯呑みを使用した対象者の身体を入れ替える効果があります。時雨さんはエルフ族が好きと言うのをヒントに今回作りました」
誤ったヒントなんだよなと突っ込みたいところは色々あるが、大人びたエルフになった時雨の前に優奈は真顔で言葉にする。
「お姉ちゃんのようなエロい身体ではありませんが、どうぞエルフの身体をご自由にご堪能下さい」
「そ……そんな事しないよ!?」
「私の身体ではお気に召しませんでしたか?」
「そういう事じゃなくて……とにかく、元に戻るにはもう一回湯呑みを使えばいいのかな?」
「いえ、使用してから最低でも一時間経過しないと効果は発揮しません」
一時間と聞いて時雨は頭を抱えてしまう。
これから凛が訪ねて来るのに、今の姿で出迎えれば凛を困惑させてしまうのは必至だ。
ピンポーン。
玄関先のインターホンが鳴ると、優奈が立ち上がる。
「私が時雨さんの代わりに応対します」
「今日は学校の先輩と勉強する約束をしているんだ。困ったなぁ……」
「大丈夫です。私が時雨さんの役を演じますので、時雨さんは堂々としていて下さい」
優奈はそのまま玄関先に向かうと、「ちょっと待って」と時雨の制止を振り切る。
思い切った行動に移すところは姉妹揃って似ているなと時雨はしみじみ思う。
(こうなったら、腹を括るしかない)
時雨はこの窮地を脱するために一芝居打つ決心を決めた。